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先輩が好き1

【東峰 春side】 先輩って、運転もできるんだな…。 隣で平然と、涼しげにハンドルを切る先輩に、またひとつ、かっこよさを感じてしまった。 優しいしスタイルいい、顔いいし運転できる… なんだよそれ、モテる男じゃん。完全に。 「東峰?」 嫉妬心を抱いていると、先輩に声をかけられた。 「は、はい」 「お腹減った?なんか食べる?」 先輩に、俺はいえ、と首を振った。 「さっき、アイス食べたし」 「そっか」 そう言うと、前を向いて再び運転する先輩。 それを見て少し思った。 なんていうか、……なんか俺らってさ、カップルっていうより、親と子っぽくない?って。 俺、先輩に運転任せっきりだし…。だって免許取ってないし…。 それに俺、先輩みたく気遣ってあげられるような行動取れてないし…。 隣にいる先輩は、すごく余裕そうな顔してる。 先輩は、いつだって落ち着いてるな…。 いつもより、髪の茶色が濃いな。 ピアスは、してないみたいだけど。 先輩を横でじーっと観察しながら悶々と思っていると、先輩が頭をくしゃっと触っていた。 骨張った手をそのまま無意識に見続けていたら、先輩の顔がちょっとだけこちらに向いて、ドキッとした。 だって、急に、先輩の顔が。 「…東峰さ」 そのとき、先輩の小麦色の頬が、ちょっとだけ赤くなってたような気がした。 もしかしてって思った。 「……あんま見んな」 ボソッと、小さな声でそう呟いた先輩。 多分照れてたんだ、先輩。 多分、俺が見てたから。 いつの間に気づいてたんだろ。でも、そこで照れるの? 先輩って、わけが分からない。 変なとこで照れるから。 思ってもみないところで、そんな予想してもないことを言ったりするから。 だから俺、ドキってしちゃうんだよ。 先輩って、…やっぱり少しズレてる。 俺に照れるだなんて、わけわかんないやとは思うものの、こっちを見ない先輩の姿に、俺は何も言えなくなってしまった。 *** 「着いたよ」 先輩が車のドアをガチャッと開ける音に、目を覚ました。 気づいたら、景色がすっかり変わっていた。 「す、すすすみませんっ!俺、なんかいつの間にか寝てて…!」 言いながら、うわあ最悪だぁぁッッ!と、内心発狂してた。 だってサイテーだっっ! 先輩に運転任して寝てるとか、俺まじサイテーっ! もうどういう神経してんだよっ!俺の馬鹿…っ! 猛烈に反省していると、先輩はいいよ、とそれだけ言った。 「全然人いない。よかった」 車から降りて、さり気なく笑って話す先輩の様子を見て、俺は拍子抜けする。 先輩って、本気で怒ったりとか、そういうのしなさそう。 何食べたら、こんな温和な性格になれるのかな。 「なに?」 「えっ!」 じっと見ていたら、先輩に声をかけられて驚いた。 先輩は俺を見つめ、特になにも言わずに笑ってから、小さな階段を降りて、熱い砂浜の上をサンダルで歩いた。 その先輩の後ろ姿を追いながら、なんだかその時、先輩と海と太陽って、合うなぁ…って思った。 髪茶色だからかな、とか思ったけど、でもやっぱり、 “冬森先輩だからなんだろうなぁ”って。 「もう夕方になったね」 海を見つめながら言う、先輩の何気ない台詞は、すごく俺の胸に染みる。 …何でだろう。そんなに大したこと、言ってないのにな。 だって先輩の言ってること、至って普通じゃん。 ああ、そうですねって、それ程度じゃん。 でも俺、何だかその程度の言葉に、強く惹かれてるんだ。 そう思うのは、そんな風に思ってしまう理由は、冬森先輩が……好きだからかな。 「海。泳ぐ?」 「へっ?」 突然の誘いに、俺は素っ頓狂な声を出して反応した。 先輩は俺を見て、あはは、と軽く笑った。 先輩って……不思議だ。 大学生の割に、落ち着いてる。 全然周りにいる同級生とは違う。一つ上の先輩だって、こんなに緩い大人びた雰囲気持ってる人、見たことがない。 先輩は何だろう。 先輩みたいなひとは、初めて見たから、…俺、よく分からないんだ。 見た目遊んでそうなのに、全然子どもじゃないんだ。寧ろ俺の方が、完全にガキなんだ。 表面上の、優しいとかじゃない。カッコつけようとかの、そんなのじゃない。先輩は、それが自然なんだ。 落ち着いてるって俺が思ってしまうそれが、先輩にとっては全部――自然体なんだ。 どうしたら、先輩みたいになれるかな。 どうすれば、……あなたにもっと、近づけるかな。 俺ももっと、先輩みたいに大人になりたい。 先輩にドキってさせられるような、カッコいい大人になりたい。 …俺も、冬森先輩みたいに―― 先輩は、いつの間にか長ズボンの丈を捲って、少しだけ海に足を浸けていた。 「あー冷たい」 「濡れますよ、服」 「えー?いいのいいの、どうせ乾くんだから」 夏の太陽と、それに反射してキラキラ光る海に囲まれて。 先輩はそれ以上にもっと、きらきら眩しく輝いてた。 ……先輩に、どんどん惹かれていく。先輩を、どんどん好きになっていく。 「東峰も入れば?」 「俺は、いいです」 「なんで」 「……だって」 先輩は、不思議そうに俺を見つめていた。 あなたはきっと、見当もつかないんだ。 俺が海に入らない理由が、先輩を失ったら怖いからだなんて。 先輩がいなくなることが、恐ろしくて堪らないことなんて。 だけど俺は、やっぱり駄目だな。 「……気持ちいいのにな」 だからといって、大好きな先輩を拒否するなんてこと、…最初からできるはずもないのに―― 先輩に、流される。 先輩の色に、染まっていく。 冬森先輩に微笑まれて、俺も笑ってしまった。 もうきっと先輩を、俺は手放せなくなってしまった。

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