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帰さない1
【冬森 郁斗side】
「ごめんね」
ある日のバイト終わり。
俺は葉月さんに、気持ちには答えられないことを伝えた。
踵を返した先に、どこか不安げな顔で待つ東峰の姿がある。
俺はぽん、と彼の頭に手をやった。
「ちゃんと言ってきたから」
ふっと軽く笑って言うと、東峰はほっと安堵するような表情を浮かべた。
「今日、家来る?」
「はい」
尋ねてすぐ、即答する東峰にドキリとした。
意味、分かってるんだろうか。家ってことは、それなりのことするってことだけど。
じっと東峰を見たけど、首を傾げられた。
俺は黙ってメットを東峰の頭に被せる。
「ちゃんと掴まってて」
俺が言うと、何の迷いもなくぎゅっと、前に東峰の腕が回された。
彼のその仕草に、彼との距離が縮まった気がした。
***
「先輩の家久しぶりだな」
アパートに着き、部屋に入ってすぐ東峰が言う。
「そうだな」
東峰が部屋に来たのは今日で3回目。
2回目は、東峰がお酒で酔っていた日。
1回目は、東峰と初めてエッチした日。
で、それと一緒に思わず頭に思い出してしまうのは…
〝痛い!痛い痛い!!先輩の嘘つき!痛くないって、言ったのに…!〟
あのときの彼の台詞。
……うーん、参ったな。
今日したいけど、なんか勇気ないな…あんなの思い出しちゃったら。
また泣かせたら怖いし、痛いってもしまた言われたら…。
「先輩?」
きょとんとした無警戒な東峰の顔を見つめ、俺はぐるぐると頭を働かせるのであった。
机上にとりあえずお茶を置くと、東峰はそわそわとしていた。
「どうした?」
気になって問うと、東峰はえっと言って、目を俺の方に向けてきた。
「その……。先輩の一人暮らしの部屋って、なんだかやっぱり、緊張してしまうというか」
どぎまぎとして言う東峰。
姿勢を若干正してる彼を見て、俺は苦笑いをする。
「まあ、リラックスしてな。俺と2人だけなんだし」
何気なくそう話すと、東峰はぱっと顔を上げて俺を見た。
何か言いたげな彼に気付く。
「……だから緊張します」
「え?」
東峰の声がよく聞こえず、聞き返すと、
「先輩と、…2人だけだから」
小さな声で東峰がそうつぶやいた。
言葉通り、緊張してる東峰の姿。
“俺とだから”なんて、突然可愛いことを言い出す東峰に驚きつつ、赤い顔をする彼から俺は目を逸らした。
その後、ふと長い沈黙が襲い、東峰と俺は互いにテーブルを挟んだまま無言で座っていた。
静か過ぎる空気に耐え切れず、思わずピッとテレビのスイッチを入れる。
エッチは、…また今度しよう。
だって今日、東峰も緊張してるみたいだし。よりが戻ってからまだ、そんなに月日も経っていないし。
いや、でも。
だったら何で、わざわざ家なんて連れてきたんだ、って話にならない?
大体、東峰もどういうつもりかわかんねぇし…。
泊まるのか?ご飯食べてくのか?風呂とか…
そう思って、ちらっと東峰を盗み見たつもりだったけど、何故か思い切り目が合ってしまって、俺は慌てて明後日の方向へと顔を逸らした。
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