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帰さない2
【冬森 郁斗side】
結局、東峰は夕飯を食べた。
俺の作った、超簡単な炒飯だけど。
「美味しいっ!先輩、料理も作れるんだ。先輩って、すごいなあ」
東峰は、無邪気に笑って俺に告げた。
なんか前から思ってたけど、東峰ってちょっと、俺のこと過大評価し過ぎなんだよな。
こんなの全然、大したことないのに。
でも、以前より素直に思ったことを伝えてくる東峰に、俺は顔に笑みを浮かべた。
やっぱり東峰って、根は素直なんだよなぁ…。
変な愛想笑いしてる時より、今のがよっぽど可愛い。
そして相変わらず、幼い顔立ち。
お馴染みのパーカー。
「それ食ったら、家まで送るよ」
すべて食べ終わって、流しへ皿を運びながら言うと、東峰のえ、と言う小さな声が聞こえた気がした。
振り向くと、東峰は俺を見て、スプーンを持って固まっていた。
え、どうしたんだろう?
しばらく待って見つめていたが、東峰は俺から視線を逸らして、俯いて炒飯を食べていた。
絶対いま、何か言いたそうな顔してたけど…。
……ま、いいか。俺の気のせいかもしれないし。
それから、ザーッと水道水の蛇口をひねって東峰の分の皿も洗ってから、俺は彼のそばへと戻った。
東峰は、1人体育座りをして、無表情にテレビを見つめていた。
…これ、お笑い番組なんだけどな。
そう思いながら東峰の横顔をちらり、覗くと。
何故か顔を若干、反対側に背けられてしまった。
え、……なに今の。
明らかにワザとされた。何で?
俺、何かした?
拗ねるような顔をする東峰に、俺は疑問符を頭に浮かべた。
自分が何をしたのか、彼が何で怒っているのか、全く分からない。
「東峰、どうした?」
とりあえず尋ねるが、東峰は何も答えなかった。
どうしよ。…困ったな。
刻々と過ぎていく時間に、俺は次第に東峰の家のことが心配になってきて、口を開く。
「東峰、とりあえず家送るよ」
しかし、東峰は依然として無言を貫く。
俺は意味が分からないまま、そっと東峰の肩に触れる。
すると、ぱっとその手を振り払われた。
東峰の反応に、俺は目を丸くする。
「東峰?」
「……」
「…なんで怒ってる?」
理由言ってくれないと、こっちとしても対処に困るんだけど…。
黙って彼が何か言うのを待っていると、東峰が小さく口を開くのが分かった。
「先輩…意味わかんない」
え…?
「最初は俺のこと、休憩室で、色々してきたくせに…」
思いがけない彼の発言に、俺は目を大きくしながらじわり、汗をかく。
え、なんで急にそんな話…?
「付き合ったら、先輩、…急に何もしなくなるんだ」
つーか東峰……もしかして。
「あ、あのさあ」
すくっとその場を立ち上がる東峰に、俺は慌てて声をかける。
「東峰、違うんだよ。その、なんて言うかさ…。
してもいいのかなって、思って」
「…」
「だって東峰、痛いって言ってたし… 俺、またそんな痛い思いお前にさせんのやだし。とりあえず今日は、やめといたほうがいいのかな、って」
正直に胸の内を告白すると、東峰は悔しむような、悲しそうな顔をこちらに向けた。
「先輩、全然分かってない。
俺、先輩とそういうことがしたい……触れ合いたい」
東峰から紡がれる言葉に、俺はまた驚くように瞳を大きく開いた。
嬉しかった。
彼がそんなふうに思ってくれていることが。
俺、…何やってるんだろう。
彼にこんなこと言わせるなんて。
俺は、涙を流す東峰の肩を引き寄せた。
「ごめん…東峰。そんなこと言わせて。
不安だったんだ、俺。本当は、俺も東峰と色々したいよ。本当は思ってるよ」
東峰は涙ぐんだ顔で、ひくっと嗚咽を漏らした。
「先輩…強引なのか、ヘタレなのか、……分からない」
切なそうに泣きながら言う東峰の言葉に、不謹慎にもちょっと笑いそうになった。
「ごめん。俺、前東峰にいきなりキスしたりしたもんな」
彼の頭を撫でながら言うと、東峰は鼻をすすりながらこくりと頷いた。
東峰が俺を見つめ、涙を止める。
俺は、東峰の目元に溜まる涙を指で軽く拭ってから、彼の唇に自分の唇を寄せた。
東峰の時折口から漏れ出る声は、キス慣れしていなくて。
必死に酸素を吸う彼の声を耳にして、細い腰を持ちながら、俺はたまらない気持ちになった。
頬を火照らせて、生理的な涙を浮かべる東峰を、俺はベッドにどさっと押し倒す。
――もう、帰してやんない。
俺は、頬を染めながら見上げる東峰を、上から見下ろした。
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