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Ⅴ.
「3つ数えると、目を覚まします」
シャルムの声は震えていた。
「1、2、3」
アントンの瞼がゆっくりと開いた。焦点の定まらない瞳が、次第にシャルムを捉える。
「私は...何を話した?」
「それは重要ではありません」
シャルムは平静を装った。しかし、手はまだ震えている。
「大切なのは、あなたの無意識が表現したがっているものがあるということです」
アントンが身を起こした。乱れた髪を手で掻き上げる。その仕草が、妙に官能的だった。汗で濡れた首筋が、ガス灯の光を反射する。
「あなたには、聴こえたのか?」
鋭い質問だった。
「何がです?」
平静を装い、呼吸を整える。乱されてはならない。「病理」を知られてはならない。
理性を繋ぎ止めようとするシャルムの思いとは裏腹に、アントンの興味とその裏にある感情が込められた瞳がシャルムを捉えた。
「私の中の音楽が」
シャルムは息を呑んだ。
「あなたの瞳が、音楽に合わせて震えていた」
アントンが立ち上がった。ふらつく足取りで、シャルムに近づいてくる。
「それに……」
更に一歩。二人の距離が、危険なまでに縮まる。
「私の手を握った」
シャルムは後退りした。背中が本棚にぶつかる。
「それは、医療行為の一環で……」
「嘘だ」
アントンの手が、シャルムの白衣の襟を掴んだ。
「あなたも感じたはずだ。私と同じものを」
二人の顔が、息がかかるほど近い。アントンの瞳の中に、自分の動揺した姿が映っている。
「感じたんでしょう?」
アントンの吐息が、シャルムの唇を撫でた。タバコと、ブランデーと、そして彼自身の甘い香り。
「私は……」
その時、診察室の扉が開いた。
「ヴァイス君、まだ患者が……」
フロイト教授が立っていた。
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