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Ⅵ.
アントンは素早く身を引いた。まるでダンスのステップでも踏むかのように鮮やかに身をひるがえす。
「失礼しました」
彼は、何事もなかったかのように燕尾服の襟を正し、フロイト教授に優雅に一礼した。
「興味深い症例でした。ヴァイス先生の診察を、続けて受けたいと思います」
フロイトの鋭い眼光が、二人を交互に見た。
シャルムは平静さを取り戻そうと息を整えた。背中にじわりと汗をかいている。まるで刈り取られるかのような視線だった。
「リヒターさん、でしたね」
フロイトが重い口を開く。
「はい」
「来週からは、私が直接……」
「いえ」
アントンは即座に遮った。
「ヴァイス先生でなければ、意味がない」
意味深な言葉だった。
「彼は、私の音楽を理解できる唯一の人です」
フロイトは、しばらく沈黙した後、葉巻に火をつけた。
「ヴァイス君、君はどう思う?」
「私は……」
シャルムは、まだ動揺から立ち直れていなかった。襟元が乱れ、頬が上気している。
「続けさせていただきたいと思います。興味深い症例ですので」
彼のこともだが、自分のこともだ。
興味深い。その言葉がシャルムの中の欲望を突き動かす。
「ふむ」
フロイトは、紫煙を吐いた。
「では、来週の火曜日、同じ時間に」
アントンは、もう一度礼をした。去り際、シャルムを振り返り、意味深な微笑を残した。
「来週を、楽しみにしています」
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