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嘘、それだけ 2

「珍しいじゃん。結構期待してたんだけどなぁ。昼から篭って一日中ヤリまくりなの」 ジムニーの助手席で、安浦翔平は駆ける子供のようにバタバタと足を動かしゲラゲラと笑った。 愛車のジムニーがゆらゆらと揺れて「やめろ暴れんな」と、翔平の右腕に小突くような拳を入れる。 「つか人を動物みたいに言うな。彼氏は?札幌のまま?」 痛えな、と笑いながら文句を言った翔平は「そ。まぁ車あるし良いかなって。もう10年だしさ。今更ずっと一緒にいたいとかないよ。別れるつもりもないけど」と言って、スタバの新作のフラペチーノに口をつけ、音を出して啜った。 甚一は「へえ。そんなもんか」と頷く。 「そうだねえ。俺達だって長いじゃん?初めて会った時は大学生だったねえ。懐かしいなぁ。お前なんか、頭ボサボサのヌボっとした男だったのに」 「別に今だってそうだろ」 「ええ?そんな洒落た眼鏡してる奴がよく言うよ。大体俺は普段のお前のこととか知らないし。LINEぐらい寄越せよ」 「別になんもないだけ。島の漁師に何あるって」 「漁師なんてめっちゃいろいろあるじゃん。大漁だったよーとか」 「時期じゃねえし。あ、爺ちゃん死んだ。あとルームシェア始めた」 翔平は、飲んでいたフラペチーノから一旦口を離し、顔を引き攣らせてから「めちゃくちゃいろいろあったじゃねえかよ。重いし」と今度は唇を尖らせた。 「や、意識戻んないって言われてたしさ」 「それは聞いてたけど。そっか、亡くなったんだ…」 声が小さくなった翔平を横目で見ながら「まぁ、はい。片付いたと言いますか」と必要以上、深刻にならないようにわざとふざけたような返事を返した。 翔平は「そうか…」と頷いて息を吐いてから、体を深くシートに沈ませて「そっかあ…」と再びため息をついた。 甚一と翔平が会うのは一年ぶりだ。 ちょうど去年の今頃、札幌から函館に転勤になったというメッセージが翔平から届いた。遊びに来いよ、という一言を添えて。 去年の島はとにかく景気が良かった。 例年より高くなった気温のおかげか、冷たい海を求めて北上する魚の群が海流に乗って島の沖に集まったのだ。 市場にはだせないものも多かったが、それでも島で安く売れるのだから、甚一も他の家の船にも乗ったし、まだ元気だった甚八も加工場へ手伝いに出た。ささやかだが給料も出て、運動がてら一石二鳥だと言って。 漁は一ヶ月ほど前倒しになり、翔平のメッセージには断りの返信をした。 それから冬の間の誘いでは甚八の件だ。 「大丈夫だよ。別に。いつかはこうなる。それが今ってだけ」 「そうかもしれないけどさ」 煮え切らず、まだ言いたい事があるというような顔をする翔平を見て「まぁ、どーもね」と甚一は、軽く頭を下げた。 「で?シェアハウスって?」 甚一は、空気を変えようと気を使っている翔平に気付いている。 翔平のこういうところは昔から変わらない。 深く追求されたり、自分を語らせようとしてくる人間を疎ましいと感じている甚一の事をよくわかっているのだ。 「いや、別に。ただのシェアハウス。部屋余ってるし1人じゃちょっとデカいからさ、前からそのうち町営にでも移って下宿みたいなやつしようと思ってたさ」 「でも爺ちゃんと住んだ家でしょ?」 「ま、そうだけど。なんか結構いろんなとこに派遣とか出入りしてて。建築系とか?そういう短期の人とかに使って貰えたら収入になるかなって」 「まぁ言い分はわかるけど。じゃあ今共同生活してんの?お前が?何人いんの?」 「…今は1人だねえ」 「あやし」 「何が」 「甚一がシェアハウスって時点で既に怪しいのに。誰。どんなやつ?」 「短期派遣の看護師だよ」 「女と住んでんの⁉︎」 「男だよ。偏見だぞ。それ」 「は?益々怪しい。タイプなんじゃないの?」 「怪しくない。大体タイプとかない。俺はそういうの作らない主義。お前が一番知ってるだろ」 「…そうかなぁ。ちょっと前の甚一ならとりあえずどっか入ってとりあえずヤる、のはずなんだけどなぁ。怪しいなぁ。急にどっか行くか〜なんてさぁ」 わかってくれているはずだが、こういうやりとりになる事もある。 甚一は、いちいち答えるのすらめんどくさくなり返事をやめた。 五稜郭駅から函館駅まで向かう国道は、地方都市というにはあまりにも簡素だ。 「山岡家出来てんじゃん」 誤魔化すような甚一の独り言を翔平は胡散臭げな表情で受け止め「島じゃラーメンも食えないんだっけ?」と嫌味を言う。 「食えるよ。一軒しかないだけ」 少しバカにしたような言い方にも反感すら覚えない。 「30代の男ってさ、普通なら何して遊ぶんだろうね」 翔平は、再びフラペチーノを音を出して飲み始めた。 既にクリームは溶けて、くるくるとストローで中身をかき混ぜた翔平は、更に嫌味を重ねてくる。 「…さぁ。普通の30代の男は結婚してちょうど子供の事で忙しくなったりして、遊ぶ暇とかねえんじゃねえの?」 「ヤダヤダ。卑屈」 「お前が言わせたんだろ。あ、ドンキでも行く?」 「お前結構ドンキホーテ好きだよね」 「ウケるんだもん。あそこ」 そう言って口の端だけで笑った甚一は、右折の為ウィンカーを上げた。

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