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嘘、それだけ 3

甚一は自分自身、性に対する成長が少し遅かったのではないかと考えている。 祖父と二人暮らしだった上に、祖父が忙しい時に預けられていた自宅の隣の今井の家には、当時で60代だろう娘とその母親が暮らしていて、その中で育てられたようなものだから、甚一も高齢者三人に合わせ、周りの子供達よりも随分とのんびり生活していたように思う。 今井のおばちゃん、今井の婆ちゃんと呼び懐いていたが、それも中学に通うようになった頃には婆ちゃんは亡くなっていたし、おばちゃんも娘夫婦が暮らす小樽へと越して行ってしまった。 家は早々に片付けられ、その空間は今でも空き地になっている。 数少ない同級生達は、狭い島でどこにいても知り合いだらけだというのに、付き合っているだの別れただのと盛り上がっていた。 甚一はそういった話題に一歩どころか五歩十歩遅れていて、正直なところ着いていく事ができなかった。 携帯を持ったのも島を離れる事が決まった高校三年の時だったし、男が好きかもしれないと思ったのはだいぶ成長してからで、性的に見ていたのはいつも同性だったことにようやく気がついたその頃、甚一は既に成人にも程近かった。 翔平と出会ったのは名古屋のゲイバーだ。 大学一緒じゃない?と声をかけたのは翔平だ。 甚一は、バイト先の居酒屋からの帰り道、偶然見つけたそのバーを横目で気にしつつ帰宅する生活を続けていた。 友達と呼べる人間は、一人もできなかった。 話すことも苦手で、そもそも遊び方を知らない甚一は、最初は揶揄われながらも同期にひっぱられコンパやサークルの集まりに参加したが、合コン、カラオケ、飲み会、そのどれもが自分には合わないと感じ、言い訳のように始めたバイトを毎日のように入れた。 そうしているうちに誘いもなくなり、彼らにとっては名前も知らない離島から出てきた同期を気にする事もなくなっていった。 バイト先で知り合った女と付き合った事もある。 それなりに優しく接していたとは思うが、交際の延長線にある性的な関係を作ることができずに、結局は二ヶ月ほどしか時間を共にしていない。 そんな折だ。 翔平に出会ったのは。 店に入った理由はなんだったか。 ただ単に腹が減っていただけだったかもしれない。 バイトの帰りでとにかくどこかに腰を下ろしたかっただけかもしれない。 自分はこっちの人間なのかという事を、知りたかっただけかもしれない。 甚一が覚えているのは、誰にも見つからないようにと願いながら扉を開けた事だけだった。 「宗輔がねえ、甚一にも会いたいって」 平日昼間のドンキホーテは、店内の賑やかさに比べて、客の出入りは少ない。 北の地では、今じゃ有名な街ですら人口減少は否めない。 札幌以外の街は過疎化が進んで、どこも同じようなものだと聞く。 「会って何すんだよ。お前の彼氏めちゃくちゃエロいですねとか言えばいいの?」 甚一は、店の棚に並んだシャンプーのセットを見ては戻し、また隣のシャンプーを手に取った。 目的は特に無い。 本当に買い物で島を出る時は、江差町の大型スーパーで用事を済ませてそのまま日帰りで島に戻る。 それもいつでも行ける訳ではなく、天気予報を睨んで睨んでようやく行ける時もある。 「普通に遊ぶんだよ。そうだ。キャンプしようよ、キャンプ。楽しかったよ」 「キャンプ場みたいなとこに住んでんのになんでキャンプしなきゃないの」 「じゃあ、今度遊びに行く。下宿の看護師くんにも会いたいし」 「なんで」 「甚一が普通じゃないって一人で拗ねてるから」 翔平は、シャンプー欲しいの?と会話の間に挟んで聞いて、甚一に付き合った。 「はあ?」 「べっつに〜。こっちの話。どうする?スーパー銭湯でもいく?飯も食えるし泊まれるよ。あ、満喫も付いてるらしいし」 「お前の髪、何使ってんの?」 急に話題を変えるように甚一が聞いた。 カラーリングとパーマを当て、襟足を刈り上げた翔平の頭のてっぺんを甚一は見下す。耳たぶにはピアスが一つ付いていた。 今まで気にした事もないが、甚一より10センチは背の低い翔平は、じとりと甚一を横目で見て「美容室で買ったやつ」と言った。 甚一は、その目なんだよ、と顔だけで抗議して自分の黒髪を掻いた。 上下セットのシャツとパンツはオーバーサイズで、かえって翔平を小柄に見せている。 ふいに、翔平はこんなに小さかったかと甚一は思った。 もっとも最近は、目線の高さが同じような男が自分の周りをうろついているから、そう感じてしまうのも仕方がないのかもしれないと甚一は思う。

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