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嘘、それだけ2 - 4
漁が始まって、甚一の生活は昼夜逆転になった。
昼過ぎ、午後三時頃に家を出て、帰ってくるのは早朝の五時、六時。
それも何かあれば、朝の8時半に夜勤が終わる陽太と同じくらいの時間になる事もある。
日曜は市場が休みなので漁には出ないが、船の点検や漁協での会議に毎週出かけている。
はっきり言って過酷すぎると思うのだ。
あまりの過密スケジュールに余計なお世話とは思いつつ「週休二日とかにできないの?」と心配を口にしたが「不定休なんで」と言われて終わってしまった。
雨が降れば海が荒れる。
風が吹けば波が高くなる。
そうなると小型船は季節を問わず出すことができない。
そのうえ冬季間になると雪も降り時化る日が多く、出漁できる日は激減する。
身体を休めることはできても、今度は収入が減ってしまう。
冬に雪かきのバイトをしている事は聞いている。
わずかな儲けより役所のバイトを選んだ方が時給で働ける分安定しているのだ。
菊池は例年通り夏の漁の時期だけ、週に3日ほど甚一の船に乗っているらしい。
日当と採れた烏賊を十杯ほど菊池に渡す。
烏賊は菊池のペンションで朝食に出されているようだ。
漁師という職業は、陽太が思っている以上に稼ぎたくても稼げない仕事だ。
「ちゃんとしたデカい水産会社は違うからな」
と甚一が言うのだから、そういうもんか、と陽太は納得せざるを得ない。
日勤が終わっても陽は高く、一日を通してやっと半袖で過ごせる季節になった。
先日六月の給料が振り込まれ、リボ払いにしている引き落とし分も滞りなく済んでいるのを確認して甚一に監視をお願いし、更に返せる分の返済を済ませた。
まさかこの二か月で八十万以上も返せるとは思っていなかった。
これもひとえに、甚一がほぼ無料みたいな金額でこの家に置いてくれている事と、ご近所の方々からのご厚意があるからこそだろう。
男二人でちゃんと食べているのかという心配もあるのだろうが、なぜ短期派遣の男が昔からある高田の家に住み始めたのかという興味本位が入り混じった差し入れだという事に最近ようやく気が付いた。
成り行きなのだから仕方がないと、探るような視線には知らぬふりをする。
目に見えて減って行った返済金額に思い切った選択をして良かったと心底思う近頃だ。
多少の生活の不便さなど今の自分には取るに足らない。
借金に気付いてからというもの、店はあれど金が無く、今とさほど変わらない生活をしていたのだから。
むしろ今の方が満たされているとさえ思う。
第一陽太が思いつく不便さといえば、急に欲しくなった物が手に入らない、二十四時間営業の店やデリバリーが無い程度の事なのだ。
ちなみに「いつもニコニコ現金払い」と妙な語呂の良さが耳に残る呪文を言っている甚一も、大体の買い物はカードで済ませる事が多い。
甚一に言わせると「都会と違ってATMがどこにでもある訳じゃないんで」という事だ。
現に島にATMは三件しかない。
南エリアの郵便局と信金に一台ずつ、北側の信金の支店、それも電話ボックスのような無人のATMがポツンとあるだけらしい。
買い物はどうしてもの時は商店街で買う時もあるが、大体はニコッタまで足を運ぶ。
商店で売られるグラムいくらの物は間違いなく品物は良いのだろうが、ニコッタで売られているファミリーサイズの精肉などは本当にありがたい。
漁師の甚一が格安の魚の切り身を選んでいるのを見て、つい笑ってはしまうのだが。
甚一が不在の家で、甚一の寝室に勝手に入り1人で寝るのはさすがに気が引ける。
相変わらず整理されていない二階で寝ていると、朝方帰宅した甚一が防水ウェアを庭の物干しに掛けたり、洗濯機を回したりと、帰って来ても落ち着かない生活音で自然と瞼が開く。
フラフラと一階に降りれば、甚一は決まって「まだ寝てろよ」と少し呆れたように笑って言って、時間が許すまで甚一のベッドで微睡むのが日常になった。
夜勤で帰った朝には、寝ないのか、というように目を擦る甚一に引きずられて甚一のベッドへと休ませられる。
同じく眠たいはずの甚一に、甘やかされるように一定のリズムで背中を叩かれる。
そうしているうちに、甚一の寝息が聞こえてくる。
呼吸を合わせ、目を閉じるのが今の陽太の何よりも好きな時間になった。
日々はとにかく過ぎる。
何もない島で驚くほど何もなく。
それを少しも退屈だと思わないのは、やはり甚一と暮らしているからだ。
仕事の方も完全に独り立ちしたと言って良い。
最近は順番に回ってくる外来勤務もこなすようになり、住民達と接する機会増え顔を知られてきたように感じる。
仕事帰りにセイコーマートに寄れば「あら斎藤くんお疲れ様」と声がかかるようになった。
仏壇の花を取って置いてくれる事もある。
移住して来た住民の洒落たカフェにはまだ入った事はないが、婦人会の憩いの場になっているらしく、なんとなくハードルが高い。
今朝は、朝方少し小雨が降っていた。
疲労顔の甚一に送ると言われたが、それを断り歩いて出勤をした。
同じように歩いて帰路に着く。
徒歩十分程度の道のりに、なにをそんなにと笑ってしまう。
裏通りを歩いた。
飲食店が数軒連なる通りには、今夜の準備と言わんばかりの磯焼きの匂いが充満している。
七月に入り、ぽつりぽつりと観光客が出入りし始めていた。
祭りの日から何度か菊池が甚一の家に来る事はあったが、忙しなく要件と差し入れだけを置いて、ついでというように線香を上げ甚八の骨箱に頭を下げるだけで、ゆっくり話す時間もないほど分刻みで働いているようだ。
ペンションは毎日満室。
イカスミのパスタはまだまだ完成とは言えないらしい。
飲食店もこれからが稼ぎどきだ。
老舗らしい店構えの店舗が並ぶ中、白い外観が爽やかなサーフショップが見えた。
夜は居酒屋になるその店の奥にはターンテーブルがあり、若者が好むような音楽が外までに漏れ聞こえている。
やはり少し浮いている空気感に苦笑が漏れてしまうのは、陽太が島に馴染んできた証拠のようにも思えた。
この店を営むのは、商店街にある一番歴史の長いの寿司屋の息子なのだそうだ。
一度道外に就職し結婚したが、離婚して2年ほど前に島に戻った。
それからは、親の店を手伝いつつ趣味のサーフィンで観光客を集められないかと店を開いたらしい。
けれど島は、週末車でいけるような立地ではない。
その上島の海岸は浜辺よりも岩場が多い。
未だに年々増設されているテトラポッド。
確かにいい波が来るスポットはある様だが、全体的に見てマリンスポーツには向いておらず、なかなか思うようにいっていないのが現状のようだ。
これも全て、職場で聞いた話ではあるのだが。
具体的な事はよく知らないが、主任の湊曰くこの店を「島のすすきの」と揶揄するのだから、偏見が先走るのも無理はないだろう。
そういう場合は往々にして、悪い面を取り上げていると陽太は思うのだ。
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