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嘘、それだけ2 - 9

ホワイトリリィのある通りを横目でチラリと伺うと、工藤智樹がスケートボードを傍に抱えた青年と話しているのが見えた。 目を逸らしそのまま通り過ぎる。 セイコーマートで手土産にビールを買う。 顔馴染みになった店員に「休みかい」と声をかけられ、気安く頷くとおつりと一緒に「もうすっかり馴染んだんでないの」と笑顔を返された。 交番の裏に小林の家がある。何もない代わりに、指で示せるほどの距離感に、いつの間にか愛着を覚えていることに気付く。 小林の自宅は比較的新しく、震災後に建てられたことは一目でわかった。 島には空き家バンクという制度があり、年々増え続ける空き家を転勤族や短期労働者に貸し出している。 警察官の官舎を持たないこの島では、道警もその制度を利用しているのだと小林は言っていた。 荒れるに任せた、言い換えれば趣のある庭は、放置しているわけではなく、どう手を入れたものかわからないまま、そっとしてあるような佇まいだった。 その庭を眺めつつ玄関へ向かうと、チャイムを押す前に居間の窓が開いて、ビールを片手にした小林が顔を出す。 手土産の缶を掲げてみせると、「冷蔵庫入れといて」とだけ言って引っ込み、今度は窓辺のウッドデッキに足を投げ出して横になったのがわかった。 「甚ちゃん来ないって」 冷蔵庫には、数本の缶ビールとハイボールが、調味料の瓶に追いやられるように並んでいた。 一食分のもずくパックに、賞味期限の怪しい納豆。 口をつけているのかわからないプロテインのドリンク。 自炊はしないがは身体気になるという、ささやかな中年心が透けて見えた。 持ってきた缶を隙間にねじ込んでいると、背後から「なんで。や、別にいいけど」と投げやりな声が降ってくる。小林はウッドデッキに足を投げ出したまま、こちらを振り返りもしない。 自分の分を一本手に持ち、小林のそばへ寄る。 「お盆だからお客さん来るかもって」 「確かに。大変だよな、甚一くんも」 さてさて、と手を擦り合わせ、窓際のテレビの前であぐらをかいた。 「ま、乾杯」 陽太は缶チューハイを、床に置いてある小林の缶ビールに軽くぶつけ、一口喉に流し込む。 「これやっていい?」 「お好きにどうぞ。つか進めといて」 気だるそうに言った小林が大きく欠伸をする。 当直明けの、重たい疲労が声に混じっていた。 島の警察官は駐在さんと呼ばれているだけで、実際は三人体制の交番らしい。 二十四時間勤務を交代でこなすと聞き、それもまた大変だと、世知辛い組織の仕組みに内心同情する。 テレビ画面からダウンロード済みのゲームを選ぶ。 数年前発売されたRPGが静かに起動する。 かつて生活のために真っ先に手放したはずの機械が、今は手元にないだけで無性に魅力的に映るのだから、人間というのは随分自分勝手なものだ。 酒を片手にゲームに興じる自分を、甚一が「小学生みたいだ」と笑った理由がわかる気がして、自然と口角が上がった。 「息子元気?」 陽太はコントローラーを動かす指を止めず、視線も画面に固定したまま、ふっと思いついたことを口にした。 窓辺の扇風機が庭からの風を巻き込み、ハンガーラックの洗濯物を揺らしていた。 Tシャツやジャージがよれたまま干されている一方で、制服のブルーのワイシャツだけは、変な形がつかないよう肩のラインを揃え、一番上のボタンまで律儀に留められている。 お座なりに見える小林の、静かな誠実さを表している気がした。 小林は、ゆっくりとタバコを吸い込み、同じくゆっくりと煙を吐いてから、腕を伸ばして灰皿を引き寄せた。 「元気だろ。まだ寝てんじゃない」 口の端を吊り上げながらスマホを開き、「LINE既読なんないし」と言いながら、くくく、と喉を鳴らす。 「仲良いんだ」 「さあ。他の家がどんなか知らないもん」 スマホのスワイプを止めて腹に乗せると、咥えタバコを揺らし、殊更緩慢な態度を取った。 「そっか。確かにね」 同意して頷き、離れて暮らす父と子にしては日頃からやり取りしている様子に、案外うまくやっているのではないかと思う。 部屋に写真など一枚も飾られていないが、それがかえって彼らしいと感じる。 「部活引退したからねえ。暇なんだろ」 「何やってたの」 「陸上。ハードル」 「へえ、かっこいい」 「まぁ、頑張ってたんじゃない。中体連とか、大会出てたみたいだし」 「なんか懐かしいな」 「奥さんは引退して楽になったとか言ってたけどね。送り迎えとか」 鼻を啜りながら笑ったのは、別れた妻と未だやり取りをしていることに対しての照れ笑いの類だろうか。 「小林はさ、なんで別れたの。奥さんと」 テレビ画面の中で、勇者が無機質な足音を立てて草原を走っている。 投げた不躾な質問に、小林は数秒の無言で応えた。 「なんで。…なんで?」 外に足を出したまま寝転んでいた小林は、答えを探すというよりは質問の意図を探るようにそう繰り返し、タバコを手元の灰皿に押し付けるため体勢を変えて、再び仰向けになり腕を組んだ。 足元に置かれた蚊取り線香の細い煙が空へと消えていく。 伸ばされた足先にひっかけたクロックスがプラプラと揺れていた。 すー、と深く息を吸い込んで、もう一度「なんでってか」と半笑いで呟いた。 「上手くいってなかったの?」 無遠慮過ぎるのはわかっていても、結局聞けてしまうのは、やはり交番で言い合った仲だからかもしれない。 今更言葉を濁すことも小林相手には不必要に思えたのだ。 「上手くいくっていうのがどういう状態なのかはわかんないけど、そうだなぁ。もしかしたら最初っから上手くはいってなかったのかもなぁ。ほら、男と女はそれなりに仲良くしてたらできちゃうもんあるだろ?」 試されたようなセリフを聞いて眉間に皺が寄った。小林が意味ありげな表情をしていたからだ。 「そういう言い方するところなんじゃない?」 「モラル意識高いね。お前。看護師って皆そうなの?」 そう言って、からかうように細めた目をさらに線にする。 「知らないよ。一般論だと思うんだけど」 ぷいとそっぽを向くと、ハハハと声を上げた。 小林が、小さく鼻を啜った。 座布団を折ってそこへ肘を立て、頬杖をついて、手持ち無沙汰を隠すようにライターを手に取って、そのライターでフローリングの床をトントンと鳴らした。 短い髪に、白髪がかすかに混じっている事に初めて気付く。 「結婚して息子産まれて、まあまあ普通に過ごしてたと思うんだけど、なんかどんどんすれ違って、みたいな?まぁ、ありきたりな感じ」 はぐらかされるだろうという気持ちもあったが、小林の存外静かな返答を聞いて、何度か瞬きをして数拍遅れて言葉を返す。 「何もないのに別れるの?」 「何もないから別れるんじゃない?二人とも変に気を遣って見ない聞かない言わないって感じで。俺は奥さんの好きにやれば良いって思ってたけど、向こうはそれがどうでもよく見えたのかもね」 「でも、それわかってるならまたやり直せるじゃん」 「やっとそういう距離を見つけたの。夫婦じゃない方が子供も楽な場合もあるの。同じ家にいるのにただの同居人みたいな両親見てる子供の方が辛いんでないの?わかんないけど」 「家族なのに」 「家族だからだって」 陽太は、小林の事しか知らないわけだから、どうしても小林の肩を持ちたくなる。 どうにかお前のせいじゃないという理由を探す。 「でもほら、警察官って忙しいっぽいしさ」 月並みなフォローは、小林を素通りした。 「それ理由にしちゃ一番ダメだろ」 さらりと正論を言った小林に、陽太はもう何も言えない。 モヤモヤとした胸の内を悟られまいと、誤魔化すようにテレビ画面に映るキャラクターを動かして声を上げた。 「ちょ。攻略見て。インドラの洞窟の宝箱」 「そこ右。崖登んなくていんだっつの。なんで登った?落ちてんじゃねえよ」 笑い混じりの指摘に「な、なんかあるかなって」と含み笑いを返す。 コチコチ、とコントローラーを操作して主人公を動かす。 画面の中に広がるオープンワールドに、主人公が何も無い洞窟で、ぽつんと一人、陽太に背を向けて佇む。 「斎藤?」 手を止めた陽太に、小林は声をかけた。 「小林は離婚するってなった時、なんも言わなかったの?奥さんに」 陽太は画面を見つめたまま呟く。 小林は横臥した状態で、だらしなく腹を掻いていた。 咳払いを一つして、鼻が詰まっている訳でもないだろうに、小林は再び小さく鼻を啜った。 「言っ、たかな。覚えてない。かなり前だし。責任だけ、取らせてって。言ったかも」 「それは、子供の?」 「俺的には二人の?金送るくらいしかできんけど。二人が遊んで暮らせる額なんて無理だけど、ま、息抜きに使える程度にはさ。一応家庭ってやつに参加してるつもり」 参加、という言葉が、西日に照らされた部屋に随分と頼りなく聞こえる。 「会いたく無い?」 「どうだろうな。わかんねえなもう」 スマホの画面を見つめる彼の指先が、PayPayの送金履歴か、あるいは既読のつかないLINEのトーク画面をなぞり、定位置のようにスマホを腹に置く。 「もう中3だよ。小4とか?5年とか。そんくらいからクラブとかで忙しくて会えなくなって。LINEしてもスタンプ帰ってくるだけとかさ」 小林は自嘲気味に笑い、自分に言い聞かせるように言葉を継いだ。 「この間、深夜にスマブラやろってさ。寝ろよって感じじゃね?勉強しろって。受験だろ」 親の口うるささを思い出させるような口ぶりについ笑いが漏れた。 「夏休みと冬休みは夜更かしするのがいいんだよ?お前もしただろ?」 小林は鼻で笑い「こないだPayPayで少し小遣いやったら彼女とかに使えばとか言われたし」と憎たらしいと口を曲げ悪態をついた。 離れた父親を揶揄いながらも気を使える大人びた少年を想像する。 「しっかりしてる」 「くっそ生意気」 口調こそ毒づいているが、その目は、液晶の向こう側にしか存在しない息子の体温を探しているようにも見えた。 かつて同じ屋根の下で共有していたはずの時間は、今や数バイトのデータと、指先一つで完結する電子マネーに置き換わっている。 「そんなもんよ。夫婦なんて。泥沼になんなかっただけ有難いと思わんと」 「泥沼…」 「そ。調停で歪みあったり、子供の前で喚き散らしたりさ。どっちが引き取るとか。こいつの前でだけはそういうのしたくないなって考えは同じだったから」 「奥さんのことまだ好き?」 「それはまた別の話。つかこんな年になって好きだのなんだのってバカか」 小林の突き放すような言い方にそれ以上聞くなという圧を感じ、無遠慮すぎた、と素直に口を噤んだ。 「おたくは甚一くんと何もないわけ?」 小林の急な質問に、数秒思考が停止した。 やっと出せた言葉は反復するだけのものだった。 「何もないって、どういう意味?」 「どういう意味だと思う?」 尋問のような言い方に、わずかに警戒心が顔を出す。 「男同士だよ?」 小林は、ふ、と短く息を吐いた。 「まぁそういう人達がいるのも否定しませんし?令和なんで。寛容なつもりではいますよ」 思ってもいなかった対応に困惑したのは陽太の方だった。 実際に誰かが同性に対して恋愛感情を抱く人間だとしても、そうなんですか、とごく自然に相槌を打ちそうな雰囲気が漂っている。 小林の職業が、そうさせているのかもしれない。 実際に陽太自身も、都会で働いていた時は同性パートナーだけではなく、内縁の夫婦や人に言えない間柄の付き添いの対応をした事がある。 取り調べを受けているような気分になって、なかなか声が出ない。 一度息を整えて、少しだけ考えて首を捻って唸ってから、もう一度口を開いた。 「俺、好き、とか、よくわかんなくて。人を好きになる事と自分の気持ちを押し付ける事の違いがわかんないっていうか」 小林は手遊びしていたライターを床に置いた。 画面から目を離さない陽太の横顔を眺めて、数秒黙る。 「そ、れはまたちょっと違うんでない…?」 言いかけて言い淀んだ小林は「いや、俺もよくわかってる訳じゃないけど」と誤魔化す。 「前、オンカジで借金あるって」 「あれマジなんか」 小林の、常に気だるそうな目が数ミリ大きく開かれる。 「マジだよ」 驚いた顔を横目に、陽太は温くなってしまったアルコールをちびりと飲んだ。 「元カレにフラれて。フラれたっていうか、転勤になったと思ったらそいつすぐ結婚するみたいな感じで。て、いうかしたんだと思うんだけど。それインスタで見てさ。最初は腹立って文句言ってやろうと思ったけどできなかった。俺がなんか言ったら、この二人ダメになんのかなって。気付いたらスマホばっか見て。オンカジやってた。笑うわ。本当」 話の途中、「待って待って、情報量エグいって」という小林の声に、陽太も堪えきれず吹き出した。 陽太はスマホを手に取ると、インスタグラムを開く。 忌々しいほど憎かった名前を検索欄に入力し、数件ヒットした中の一件をタップすると、子供たちに囲まれた快活そうな男の写真がアップされていた。 そんな無邪気な表情の佐伯を陽太は知らない。 こんなふうに笑う男だっただろうかという気持ちが、スワイプする指を止めさせた。 陽太の中に住まう佐伯はいつも、一秒を争う救急の場面でも余裕に見える強気の笑みや、ベッドの上や人目から離れた場所で見る気障にも見える生意気な表情を浮かべている。 「あれ?前来てた医者じゃない?」 肘をついて陽太のスマホを覗いていた小林が、少しだけ頭を上げた。 「くそ。知ってたか」 小林の声を鼻で笑い、過去の投稿へと画面を滑らせた。 フォロワー数はそれなりだが、投稿頻度は高くない。何件かの投稿記事に例の写真を見つける。 『着てみた』という一言には、友人や同期と思われるアカウントからのお祝いのメッセージが大量につけられていた。 内緒で撮ったような写真には、後ろ姿の花嫁。 左下に、顔の半分しか映っていない佐伯。 コメディ映画のようにも見える画角。 誰も知らなかったような口ぶりのメッセージの数々に、自分もこの1人だったのだと今更ながら思い知る。 その上、佐伯が自分のセクシャリティーをオープンにしていたかすら、陽太は知らないのだ。 「は?何お前、こいつと付き合ってたの?」 目を丸くした小林が腹這いの格好になりまじまじと陽太を見上げる。 改めて思い出すと、付き合っていたのかと聞かれたら、おそらく、としか答えようのない関係だったように思う。 はっきり答える事ができずに「…多分?」と曖昧に首を傾けた。 「ヤリ逃げ?被害届出す?」 あやふやな返事を聞いて事情を察したような小林の揶揄いに、笑い声だけの返事を返した。 「転勤が決まった時、着いて来てって言われなくて。若い医者って本当忙しいんだよ。一、二年であっちこっち飛ばされて。俺の歳も歳だし、ほいほい着いていくとか無理じゃん。まぁ仕方ないよなって。連休とか会えるし。みたいなさ」 佐伯と共にした決して多くはない逢瀬や口説き文句を思い出せば、多少恨み言を言いたい気持ちにはなるが、今更連絡をしようともメッセージを送ろうとも思わない。 小林は、ヨイショ、と呟き腰を上げ「ぶっかけうどん食う?具ないけど」と急に台所に立ち頭上の引き戸から丼を取り出し洗い始めた。 「食べる」と一言だけ返事をする。 冷凍庫が開け閉めされる音を背中に受けていると、小林は「まああれだ」と呟いて「よかったんじゃないの?そのくらいの縁だったってことで」と言った。 小林なりの慰めのつもりなのだろう。 うどんも、月並みなその言葉も。 「そうだね」 陽太はスマホの画面を消し、自嘲を含めた相槌を打った。 「友達とかもさぁ、なんていうかインスタ見て満足しちゃうんだよねえ。あの子楽しそうでよかった〜、とか。同僚皆でユニバ行ったのウケる〜とか。元カノ幸せそ〜とか。前彼まだ遊んでんのか〜、とかさ。見るだけで充分っていうか。誘われたら行くけど、誘われなくても別に、みたいな」 背後で、電子レンジのメロディが聞こえる。 何か具になりそうなものを探しているのか、冷蔵庫や取り付けの引き出しを漁る様子が窺える。 「斎藤くん、ちょっと君あれだね。ちょっと欠落してるね。なんつうか情緒が。陽キャの陽太君じゃなかったね」 小林の、深刻にならないのんびりとした言い方が、胸の内を吐き出させる空気を作る。 「何それ」 ハハハ、と笑いコントローラーを手に取って、再び画面の主人公を動かした。 「今はなんか違うなって思う。甚ちゃんの事知りたいし、俺が甚ちゃんに何かしてあげたい。俺の生活を助けてくれてる恩返しもあるけど」 恋とは、言葉にすると、こんなにも薄っぺらいものなのか。 陽太の頭の中には、甚一の横顔がある。 ソファに腰掛け缶ビールを傾けた甚一。 笑っていたのか無表情だったのかはっきりしない。 ただその隣で缶を一緒に開けたいと思う気持ちだけが確かだった。 それから、何もなかった一日の話をする。 甚一は半分くらいは聞いてないかもしれない。 聞けよ、と怒ると、聞いてる、と鼻で笑われるかもしれない。 そういうのが良い、と陽太は思う。 「要約すると?」 小林の緩慢な催促に、黙り込む。 それから口を尖らせる。 「…甚ちゃんのこと好きだと思う。俺。…多分。けどそれに甚ちゃんだって…」 耳を赤くし言い淀んだ陽太の側に卵と鰹節と海苔をかけただけのうどんが置かれた。 「そういえば甚一くん、出戻りの同級生とどうだって話聞いてた?その子の父親がくっつけようとしたらしいよ。何年か前だけど」 小林は、いただきますも言わずにうどんを啜り出し、咀嚼しながら話を続ける。 あからさまに試された話題に顔を顰める。 「…ふ〜ん」 興味がないふりをして、目も合わせずに相槌を打ち、やはり箸を持つ。 そのままずるずると麺を啜ると、小林はゲラゲラと笑い出した。 「甚一くん、断ったんだって。外にいるって話。たまにお洒落して出かけるでしょ?相手さんにもいろいろ訳あって島に連れてこれないんじゃないかってさ。ま、噂話ですよ」 興味がないふりが、とっくに見透かされているのはわかっていた。 小林の憎たらしい笑顔が物語っていた。 「いや〜、まあねぇ。惚れちゃうだろうあれは。誰ともつるまないのに気取ってる訳じゃないし優しいし真面目だし働き者だし?つか顔良くない?普通に。ずれえって」 小林の甚一に対する評価は大袈裟にも聞こえたが、わざと大きな声を出し空気を変えた小林の気遣いに苦笑して胸の中で感謝をする。 「やっぱり甚ちゃんて顔良いんだ…」 その思いやりに便乗するように少しだけ戯けると同じ分だけ小林の表現が崩れた。 「あ、そこじゃないんだ?」 「そ、こも!なんか俺だけ甚ちゃんにフィルターかかってんのかと思ってた」 「お前はAndroidか」 「俺iPhone派だし」 「うるせえな」 ふざけたやり取りに、自然と笑い声が出た。 丼を置いて、テレビの横に置いてあるウェットティッシュを勝手に使い手を拭いて、コントローラーを手に持った。 良い歳をした男二人が過ごすには、あまりにも幼稚な遊びだ。 そのバカバカしさが、妙に嬉しい。 ものの数分で食べ終えた小林は、皿を避けると定位置のように再び横になってタバコに火をつけた。 画面の中の主人公が走り出す。 次は人里に行って、手に入れたアイテムで武器を作らなければいけない。 「拗らせてるって自分でも思うよ。こんな歳で」 洞窟で偶然出会った異国の剣士が、いつの間にか仲間になっていた。 「まぁ、あんまりいろいろ考えなさんな」 小林は再びごろりと体勢を変えて天井を仰ぎ、火をつけたタバコの煙をゆっくりと部屋中に混ぜた。 「甚ちゃんは関係ないからさ。今の話」 最後に、画面を見つめたまま小声で呟く。 「そういう事も言わんでよろしいよ」 年上の余裕か、人生経験の差か、小林のその言葉はひどく優しい。 開け放たれた窓の外から届く蝉の大合唱。 墓参りの人々の声。 帰郷した昔馴染みに会った感慨が、線香の香りを混ぜたぬるい風に乗って大気に漂う。 「いいなぁ。夏休み」 小林はそう言って、目を閉じて静かに笑った。

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