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第4話 田中、緋色の翼に合流する
アルトに助けられてどうにか冷静さを取り戻したが、彼はそのままこの場を去ろうとしている。
「アルト、ここには何かしら用があってきたんじゃないのか?」
水辺なのだから、十中八九水関連だろう。
彼もハッとして、腰に付けた水筒を手にした。
「水くみ頼まれてたんだった!」
慌てて泉へと近付いた彼はその水の中に無造作に水筒を突っ込む。これで腹を壊さないのだろうか、異世界人。
そして水筒はその見た目以上に水を吸い込んでいる。これは……。
「あぁ、水筒? 収納系の魔法がかかってて、見た目の十倍くらい入るんだ。水限定だけど」
「もしや、アルトが持っているカバンもそうなのか?」
彼は腰に小さなカバンをつけている。何か、不思議な感じがしていたのだ。
指摘されて、彼は嬉しそうに頷いている。目が少しキラキラしていて、どことなく近所の人大好きな犬にも思えてきた。
「そうなんだよ! 容量はそこまで大きくないけどさ。でも、ダンジョン産だから丈夫で性能もいいんたぜ!」
「では、あちらの熊の素材もそれにいれるのだろうか?」
俺が指差した先には先程倒された熊の素材が落ちている。爪に毛皮、キラキラした宝石のようなものに、サシの入った立派な肉の塊だ。
だがアルトはこれを見てもいまいちな顔をして頭を掻いた。
「持って行けるものなら、そうしたいんだけどさ。俺のアイテムバッグ、もうパンパンなんだよな。ダンジョン帰りで、そこでの素材のが価値高いから」
「なるほど」
俺のアイテムボックスは収納量が無制限で、更に時間経過がない。だが、バッグ型のアイテムは制限があるようだ。
それなら。
「俺のアイテムボックスに収納してもいいだろうか」
物を無駄にしてはいけないと、幼少期の経験から知っている。ドロップしたならそれなりに価値があるのだろう。
そう思い伝えると、何故か彼は更に目をキラキラさせた。
「アイテムボックス持ちなのか!」
「? あぁ」
「いーなー! 制限どんくらい?」
「……無制限だ」
「マジか! もしかして、時間止まったり」
「……する」
「最上位じゃん! こんな有益な人を置き去りって、なんでだよ」
置き去りにしたのが神だからだろうな。
「そんなに珍しいスキルなのか?」
それによっては今後秘匿したほうがいい。そう思い問うと、アルトは苦笑した。
「容量小さいとか、時間は普通に経過するとかならそれなり。それこそ商人に多いな。でも、容量が大きいのは重宝するから、大商会が抱えてたりする。更に時間経過なしだしな。冒険者じゃ、まず見かけないかな」
「……隠した方がいいか?」
「面倒ごとが嫌なら、見せびらかさない方が平和かな」
なるほど、武器にもなるが狙われもする。確かに大っぴらにしない方がいい。
だが、今はこの熊素材についてだ。
「町まで運ぶだけでも構わない」
「いいよ、あげる。俺達はダンジョンの素材があれば結構懐潤うし、タナカヒジリにやるよ」
「それは有り難い。無一文で困っていた」
「もしかして、追い剥ぎとか盗賊にでも会ったか? それでデスベアーにまで遭遇って、運なさ過ぎだろ」
そう言ってカラカラと笑うアルトが水筒を取りだして栓をして腰に下げる。
俺はスキルをどう使うか分からないのだが、「アイテムボックス」と声に出して言うと発現するらしい。目の前に半透明なウインドウが出てきて、内容物が分かるようになった。
「何か出てるのか?」
「え?」
そしてどうやら、このウインドウはアルトには見えていない様子。これで内容物を見られる可能性がなくなった。
「えっと……収納?」
疑問符たっぷりのまま呟くと、掃除機みたいにウインドウが周囲を飲み込み始めた。あっという間に熊素材がウインドウに吸い込まれ、リストに追記されていく。
ものの数分で巨大な肉もすっぽりだ。
「よし、リストに追記されているな」
「うはぁ、すご……いいな~」
改めてアルトが羨ましそうな顔をした。
そうして彼に誘われ森の中へと分け入ったが……誰かを待つという選択をした俺は偉かった。
鬱蒼と薄暗く感じる枝葉の厚み、歩きにくいボコボコした地面に浮き上がる木の根。何よりこちらを伺う視線なのか気配なのか……俺一人なら間違いなく食われているだろう。
「タナカヒジリは」
「あぁ、田中でいいです。皆そう呼ぶので」
常にフルネームで呼ばれるなんて、何かしらの圧力に思えてくる。アルトに悪意がないのは分かるのだが、それとは別問題だ。
そしてアルトは素直な性格なのだろう。目を丸くして「そうか?」なんて言ってくる。おそらく周囲から可愛がられるタイプだろう。
「タナカは何処からきたんだ?」
「故郷は既にありません」
異世界だから。
だが、何かもっと重たい事と受けとめられたらしい。アルトの表情が一気に悲壮感のあるものに変わった。
「親とか、頼る奴とか」
「いません」
そもそも天涯孤独だったから、これに関してはあっちの世界でもいなかったな。
そんな事を思っていると、何故かグッと肩を掴まれた。あの巨大熊を一瞬で屠っただけあり、彼の手は普通にしていても握力が強く俺の薄っぺらい肩は少し痛かった。
「苦労、したんだなぁ」
辛そうな顔をしたアルトを、俺は感情のこもらない気持ちで見ている。なんというか、単純で可愛い奴なのだろう。
「まぁ、はい」
そんな相手に説明が面倒で、盛大な勘違いをそのまま放置する事に決めた俺は、いっそ鬼畜なのかもしれない。
そうして森の中を十分少々歩いたか。少し開けた場所に三人の男女がいた。
一番手前で、こちらに背を向けていたのは大柄な男性だった。短く刈り上げた茶の髪をしている。
その奥側には女性が二名。
一方は明るい緑色の髪に同色の瞳をした眼鏡の女性で、どことなく柔らかい雰囲気がある。
もう一方は……オレンジ色の猫耳が生えている。その彼女が立ち上がった。
「もぉ、アルト遅い!」
「わるいわるい、ちょっとイレギュラーがあってさ」
「それって……同行しているそちらの方かしら?」
細い腰に手を当て、怒っているポーズをする猫耳の女性。それに続く眼鏡の女性。手前の男性も振り返り、視線が俺に集まった。
「そうそう! この人、なんかトラブって迷子? だったんだって。泉の所でデスベアーに襲われてるの助けたんだ」
……あの熊、そんなストレートにヤバい種類だったのか。
今更ながらよく生きていた。全てはアルトのお陰だ。
そんな事を考えている間に、女性二人が近付いてくる。猫耳の彼女はこの中では一番若い印象で、好奇心旺盛な緑色の瞳を向けてニッと笑った。
「アタシは斥候役のイーダ。よろしく!」
斥候……だからか彼女は装備が他よりも薄い。ホットパンツというのだろうか、膝上のズボンに胸の少し下までの服で、臍は綺麗に見えている。若くスタイルが良くなければできない格好だ。
「私は魔法使いのメルムです。災難でしたわね」
眼鏡の女性は格好もローブ姿なので当たりを付けやすい。穏やかに笑いかけてくれるので、何処かほっとできる。
「んで、手前の大男が盾役のハイネ。俺達四人で緋色の翼っていう冒険者パーティーを組んでるんだ」
「ハイネだ。よろしく」
紹介された男性は見た目に感情を読みにくいが、雰囲気は穏やかなもので恐怖心は感じない。手を差し出されて、俺もそれに応じた。
「田中と申します。アルトさんに助けられ、更に町まで同行させてもらえる事になりました。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
きっちり斜め四十五度でお辞儀をすると、彼らは目を丸くして驚いて、次には笑い出した。
「タナカって面白いね! そんな畏まらないでよぉ」
「さぁ、温かい場所に。よくは分からないけれど、大変でしたわね」
ハイネも頷いてくれて、アルトが手を引いて招いてくれる。
思えば、こんな風に誰かに招かれる事なんていつぶりだろうか。俺の周囲には人が長居しなかった。
……こういう時もたまには、いいものなんだな。
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