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第5話 田中、町に到着する
今日はこの場所で野宿らしい。まだ日は高いように思っていたが、この先は程よく開けて、尚且つ水場が近い場所はないそうだ。更に言えば明日には町に到着するとのこと。無理をする理由はないという事か。
「タナカさんは座ってらして」
そう言いながらメルムが焚火の上に木を組んで鍋を下げたのだが……嫌な予感がする。主に鍋の中身が土気色をしてボコボコ粘着質な泡を出している。
そこで俺は鑑定のスキルを使ってみる事にした。これで「見た目はあれだが~」という結果なら安心して食べられる。そうでなければ……
【メルムのスープ】
味は死ぬほどまずが、可食。僅かに回復効果がある。
……死ぬほどまずいは、死ぬのではなかろうか?
見回すと他のメンバーも微妙に顔色が悪い。ただ、言えない雰囲気がある。
「……あの、メルムさん」
「はい?」
「実は先程アルトさんが倒した熊の肉を持ってきているのですが、お疲れでしょうしここは豪勢にステーキなどどうでしょう?」
瞬間的に全員の目が生き返った。特に猫獣人のイーダは涎が出た。
「まぁ? でも……アルトのアイテムバッグはもう一杯では?」
「そうそう! タナカって実はアイテムボックス持ちなんだよ!」
「えぇ!」
これにはイーダも驚いたようで、途端に目が輝いた。そして子供が強請るように周囲をぴょんぴょん跳びはねる。なんというか……やりにくい。
「それは凄いですね! どのくらい入るのかしら?」
「そこそこ、です」
無制限だし、鮮度が落ちないがそれを言うのは危険だとアルトが教えてくれた。このメンバーを疑うわけではないが、秘密を知る人間は少ない方がいい。なので悪いが、ここは黙っていさせてもらおう。
アイテムボックスと心の中で思うと、空間にウインドウが出てくる。その中にある熊肉をタップすると、目の前に熊肉がドーン! と凄い存在感で現れた。
「わ……あぁあぁあ!」
「ほぉ、鮮度もいい。どれ、切り分けよう」
「お塩ですわね」
「鉄板になる石探さないと」
「それなら俺がフライパンを持っている」
再びアイテムボックスから、今度はフライパンをタップ。出てきたのはそれなりに大きなもので、一気に二枚は焼けそうだ。
他に、臭みなどを緩和できるものはあるだろうか。思い、鑑定のスキルで周囲を見ると案外野草が生えている。主に薬の材料のようだ。
その中で、爽やかな香りがする。と表示されている木の実を取った。見た目はカボスのような、小さく丸くかなり青い実だが、包丁で半分にして香りを確かめると、それはレモンのようだった。
「レモラか? それ酸っぱいんだよ」
「悪阻緩和に使うものだが」
嫌そうな顔をするアルトと、穏やかな様子のハイネ。俺は迷わず、手の届く範囲のものを取った。何かと使えるだろう。
その間にも肉の焼けるいい匂いがして、イーダが肉を切り分けてくれる。それを皿に乗せれば完成だ。
「いただきます」
手を合わせて、少し頭を下げて口にすると、他の面々は不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「今のなに?」
「食事の前の言葉だ。感謝を込めて言うらしい」
まぁ、俺も言ったのは何年も前が最後だ。一人なら別に言わなくてもいい。何よりこんな丁寧な食事、覚えている限り年単位でしていない。
「変わった習慣があるんだね」
「タナカさんって、何処のご出身なのかしら?」
彼らはそのまま食べている。そして俺も口に入れて……思わぬ美味さに目を見張った。
肉の味としては少しワイルドだろうか。だが柔らかく、塩がいい具合だ。何より温かく、胃に溜まっていく感じがする。栄養補給ゼリーとバー、エナドリ、コーヒー、たまに食べるコンビニのおにぎりとは違う。
そこに先程切ったレモン、もといレモラを絞って食べると口の中がサッパリする。僅かにあった独特の臭いも消える。
「そのようにレモラを使うのか?」
「試してみますか?」
不思議そうにするハイネに未使用の片割れを渡すと、彼も絞って口にいれ、目を丸くしてがっついた。
「これは! 口の中がサッパリとして、レモラの果汁で臭さも消えていくらでも食べられる感じがする」
「うにゃ! 狡い!」
「俺も食べてみたい!」
「それなら私も!」
これに他の三人が反応して、俺は取ってあったレモラを半分にしてそれぞれに渡した。結果は……ご満悦のようだ。
「ただすっぱ苦いと思ってたのにぃ」
「なかなか美味しいですわね」
「これ、何処にでもあるからいいな。味変えるのに役立つ」
そう言ってどんどん肉が減っていく。
こうして見るとやはりアルトの食べっぷりは目を見張る。細いと思ったが、既にかなりの量の肉が消えている。
「タナカはそんな少しでいいのか?」
「え?」
「五切れしか食べてないだろ」
俺の隣に座っているアルトが心配そうに皿を覗き込んでくるが、俺としてはもう十分だ。省エネな体は、むしろ過剰に食べると不具合を起こす。
「俺はもう大丈夫だ」
「なんか、細くて心配だな。目の下も黒くなってるし。これ、疲れてるサインだろ? ギルドの職員が繁忙期にこんなになってるぞ」
この世界にも繁忙期があるのか。
アルトの手が伸びて、とても自然に俺の目の下に触れてくる。指の腹は硬く、ザラついているように感じる。真っ直ぐに見つめる金色の目は、星みたいに思える。
「そういえば、タナカ仕事は? 迷子? なんだっけ? ってか、アイテムボックス持ちを放置するなんて、もったいない事する奴がいるんだね」
イーダの明るい声にハッとした様子で、アルトは手を引っ込めた。
首を傾げるが、前に座っている女子二人はあまり気にしていない様子だった。
それよりも、だ。
「アイテムボックス持ちというのは、そんなに重宝するものなのだろうか?」
「勿論にゃ! 容量にもよるけれど、アイテムボックス持ちがいれば荷物任せられてその分アタシ達は負担なく動けるしね。何より! 仕留めた獲物の素材を諦めなくてすむ!」
そういえば、アルトも同じような事を言っていたか。
「野営の方法などにもよりますが、持っていく荷物と持ち帰る荷物がありますでしょ? アイテムバッグは作れもしますが高価で、ちょっと手が出しにくいんですの」
「ダンジョンなどからドロップする事もある。アルトとイーダの物はそうだったな」
「こればっかりは運。そもそもレアドロップだしね。その中でも容量はピンキリなんだ。樽箱程度しか入らないのもあれば、家一軒が入るようなのもある。引きの強さが大事になるから、Aランク冒険者といえどどうにもならないんだ」
なるほど、そういう事情なのか。技術もあるし販売もしているが、材料か技術料か希少性かで高値……おそらく彼らでもおいそれと手が出ない価格なのだろう。
欲しいなら自力で調達するしかないが、手に入る確率も低く、運良く手に入れても品質に大きなばらつきがある。
元の世界であればクレーム案件だな。
「でも、アイテムボックス持ちは最低限でも部屋一つ分は入るっていうし! それなら諦めなくていい素材が沢山だもの。絶対に重宝するよ!」
現在、俺は無職だ。実に心細い。そう考えると、このアイテムボックスを活用して荷物運びの仕事なども可能かもしれない。
「タナカが仕事探してるなら、アタシ達のパーティーの荷物持ちとかどうかな?」
俺もそれを提案しようと思っていた。信用できない者達についていくのは心許ない。それならばまだ、多少打ち解けた彼らと行動を共にするのはありだ。俺のアイテムボックスなら無限に入るしな。
だが、意外な所から声がかかった。
「俺は反対だ」
「アルト?」
「タナカは戦闘力がない。俺達は強いが、それでも絶対じゃないだろ。戦えないタナカを連れていって、万が一があったらどうする。冒険者は自己責任だし、選択した時点でタナカの責任だけど、俺は無責任に誘えない」
そう、きっぱりと彼は言った。焚火の明かりに照らされた横顔は少し強情な様子でいる。それを見つめながら、俺は彼への評価を訂正した。
素直で、ややバカっぽいと思っていたが……案外考えてくれているんだな。
「確かに、現在俺は無職です。ですが、足を引っ張ると分かっているのに迷惑をかける判断はしかねる。もう少し、身の丈に合った仕事を探してみようと思う」
……正直、あの熊だけで腰抜かしてる奴がこの過酷環境で生き残れるかも疑問だしな。
「いいんじゃないかしら。王都には色んな仕事があるでしょうし、無理のないお仕事で」
「えー。いいポーターゲットできると思ったのにぃ」
「イーダ、彼が死んでしまったら皆辛くなる。それを考えれば、無理はしちゃいけない」
諭すようなハイネに、イーダは口をとがらせながらも「わかったぁ」と最後には言った。
が! 俺は聞き逃さなかった。
「王都、ですか?」
「そう、王都。明日の昼には到着するよ」
つまり、国家の中心地。仕事がある。
「そんでもって、俺はいい仕事先を知ってるんだ、タナカ」
ニッと白い歯を覗かせ、軽いウインク。王子系の華やかさも兼ね備えたアルトがこういう表情をすると、確かな眩しさがある。
アイドルにはまる人々の気持ちが、少しだが体験できた。
それよりも。
「いい仕事先?」
「そう! 冒険者ギルドだ!」
アルトはそう、胸を張って宣言した。
そして現在、通行料を肩代わりしてもらった俺はその、冒険者ギルドの前に立っている。
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