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第6話 田中、鑑定を受ける

 道中の説明によると、冒険者ギルドは国家種族を跨ぐ巨大組織である。  主な業務内容は冒険者の管理、育成。魔物素材の買い取りと、それら素材の流通。更には国家、個人から冒険者への依頼の斡旋などがある。  収入源は冒険者登録料や、依頼者の手数料、及び素材販売となる。ようは仲介業者だ。  これらの資金を得る代わりに、ギルド側は冒険者がある程度安全に仕事を選べるよう、ダンジョンや周辺魔物の適正な調査とランク付け、魔物情報の収集、新人の育成と研修、登録冒険者への格安宿泊地の確保や、パーティ希望者のマッチングなどを行っている。  なかなか多岐に渡るようだ。  王都の町は流石に町並みが美しく、土を押し固めた道を歩いてきた所で突然石畳になり、しばらくは違和感があった。  人が多いが、中には亜人種も多い。様々な動物の人化を見ている気分だ。  冒険者ギルドはメイン通りの道沿いに、かなり大きな規模であった。 「冒険者はここで依頼を受けたり、ダンジョン攻略の申請をするんだ」 「そんな事もするのか?」 「安全対策ですわ。攻略や依頼には達成期限などが設けられております。それを著しく過ぎている場合には何かしらのイレギュラーが発生している可能性もあり、ギルドの職員が捜索、調査を行いますの」 「基本、冒険者は自己責任! なんて言うけどね。でも、イレギュラーだった場合はそれが原因で町が危険に晒される事もあるから、調査は必要にゃ」 「案外手厚いんだ。だからこそ、登録料などが少し高くても後々の保険と思えば安い」  そのような信頼を勝ち得ている組織とは、頼もしいものだ。商売は信頼関係で成り立っているのだから。  重厚な扉を開けると、その先は広いロビーのようになっている。奥には五つの受付カウンターが見えるが……なんだこれは?  扉に近いカウンター二つはまったくと言っていいほど閑散としているが、そこから離れた二つのカウンターが大行列を作っている。  その理由は明確だ。  空いているカウンターに居る受付嬢は見た目にも派手……正直に言えばケバケバしく、若い男性冒険者とひたすら話している。受ける側は少し迷惑そうにしながらも、手続きなどが終了していないのか離れられない様子だ。  一方忙しい受付の子はテキパキ動いて素早く業務を行っているが、いかんせん量が多く忙殺され、疲れからか効率も落ちているように見える。  実に無駄だ。 「うわぁ……最悪」 「空くまで待つか?」 「タナカの事を報告もしたいから、出来れば急ぎたいんだけどな」  中を見てうんざりとしているアルトが苦い顔をしている。するとそこに、制服らしいものを着た眼鏡の青年が近付いてきた。 「お疲れ様です、アルトさん」 「リースさん!」  柔和な感じの男性だ。程よく整えられた黒髪で、毛先は赤い。見るからに穏やかで礼儀正しい雰囲気のする、三十代くらいの人物はこちらを見回し、俺に気付いて視線を止めた。 「おや? そちらは?」 「森で遭難していたところを助けたんだ。どうも事情があるみたいで、それを含めてギルマスに報告をしたかったんだけど……」  視線が受付に向かう。おそらく受付嬢にこの事を伝え、取り次ぎをしなければならないのだろうが、そうなると並ぶ事になる。何時間かかるんだ?  だからといって空いている所にも並びたくはないのだろう。派手嬢は特に若く見目のいい冒険者に時間を使い、話しかけ気を引きたい様子。アルトは確実に引っかかる。 「そういう事でしたら、僕の方で取り次ぎをいたしましょう。アルトさんが代表でいらっしゃいますか?」 「いいんじゃにゃい?」 「そうですね。素材については私達の方で受付に持ち込んでおきますし。先に宿に戻ってお風呂入りたいですし」 「俺も装備の手入れをしておきたい」 「分かった。それじゃ、後でいつもの宿な」  こうして残る三人は別にあるらしい素材買い取りカウンターへと向かっていく。そして俺の前に、リースと呼ばれた男が立った。 「初めまして。グランフェルム王国、王都冒険者ギルド受付主任をしております、リース・ノテアと申します」 「田中聖です。田中で構いません」 「タナカ様ですね。それでは、ギルドマスターのところへご案内いたします」  ……まるで、執事のようだ。現代人の勝手なイメージでしかないが。  そのくらい礼儀正しくリースは先に立って案内してくれる。受付横のドアを開け、通路を通って二階へ。そこにある応接用の一室に通された。  布張りのソファーセットに、いい色のローテーブル。窓からは陽光が明るく差し込み、室内も綺麗に掃除がされている。 「取り次ぎをしてまいります。こちらでしばしお待ちください」 「ありがとうございます」  礼をするリースに同じように返し、俺はアルトに誘われるままソファーに座る。そして物珍しく辺りを見回した後で、アルトへと視線を向けた。 「あの受付は、いつもあのような感じなのか?」  だとしたら無駄が多い。まずは職員の教育が最優先に思える。そもそも、真面目に働く気があるかどうかも怪しいが。 「今日は特にハズレ。いつもは一つくらいがあんなだよ」 「無駄だ」 「同感。でも、冒険者ってモテたいって理由でなる奴もいてさ、そういうのはせっせとあーいう嬢の所に並ぶよ」  業務におけるモチベーションは人それぞれ。美味しい物が食べたいという者もいれば、夢に向かって貯蓄するという者もいる。それはいいと思うが……俗物過ぎるなと思う。 「職員採用時に、あのような受付嬢を弾かないのか?」 「あぁ、あの手の嬢は入る時は大人しいんだ。商家出身とかも多いから基礎的な知識はあるしね。でも、花形の若い時に高ランク冒険者とか捕まえて結婚しようとか思ってるからアピールウザいんだよな」 「なるほど」  ならばやはり、採用時に丁寧にふるいにかけるか、採用後の教育を徹底するしかあるまい。著しい業務の停滞はそのまま業務妨害でもある。それらについての契約書も交わし、違反時には段階を踏んで注意喚起の後、やむを得ない場合には解雇も視野にいれるべきだ。  などと考えているとドアがノックされ、先程の男性ともう一人、大柄な青髪の男性が入ってきた。 「アルト、戻ったか」 「無事にだよ、ヴァイスさん。きっちり十五階層まで進んだ」  気さくな様子の大柄な男がアルトの前に座り、隣にリースも腰を下ろす。手には大きな水晶のような物を持っていて、それをテーブルに置いた。 「十五か。かなり進んだが」 「町から遠いから攻略がゆっくりなんだよ。四人分のアイテムバッグがパンパンだ」 「みたいだな。さっき買い取りカウンターが嬉しい悲鳴を上げていた」  そう言いながらニッと白い歯を見せて笑う。それが似合う豪快な人物に思える。  ハイネくらいスッキリと顔が見える刈り上げた青い髪に、同色の瞳。角張った輪郭で男臭い感じがあるが、顔立ちは整って見える。肩幅や胸板の厚さもあり、かなり鍛えている感じがある。  一つ気になるとすると左手だろうか。義手……に見える。 「そんで、そっちが保護したっていう?」  不意に視線がこちらへと向く。真っ直ぐ見られて少し驚いた。訝しむでもない視線は、その分強く思える。  差し出された右手はゴツく、手の平は硬そうだ。 「俺はここのギルドマスターをしているヴァイス・ラッリだ。これで元はAランクの冒険者だったんだ」 「このおっさん、魔王討伐に参加した剣士だったんだぜ。マジの英雄」 「よせって、もう五年も前だろ。それに、そん時に左腕がダメになってな。引退して今じゃここを任されてるんだ」  そう言った人は未だに精力は衰えていないように見える。  だが……おそらく、事務能力はそこまで高くないのだろう。冒険者にとっては憧れであり、有事の際には英雄としての指揮能力や求心力に期待できる。組織のトップに立つ人間が、必ずしも些事に有能である必要はない。この人にそれは求められていない。  おそらくこの組織を実質的に運営しているのは……。  ギルドマスターの隣に座るリースへと視線を向けると、彼は穏やかに微笑んでいる。見た感じ、彼は有能だ。だが現状を放置してもいる。その真意は、なんなのだろうか。 「所でお前さん」 「申し遅れました。田中聖と申します。田中と呼んでください」 「おっ、おう。タナカはダンジョン前の森の中に放置されたんだって? 何でそんな事になった。トラブルか?」 「……トラブルといえばトラブルですし、間違いなく放り出されたのですが……なんと説明していいか」  正直に言えば、神がこの世界のあの場所に放り出した。ただ、それをどのように説明するべきか……自然に、は無理か。 「ギルマス、ここは彼の鑑定をしてみてはいかがでしょう? 何処かに所属していれば、分かると思いますが」  そう提案したのはリースだった。そして、おそらく最初からそのつもりだった。置かれた水晶には、多少既視感があったのだ。  門を潜り町に入る時、通行証のない俺は軽い身体検査の他に、水晶に手を置くように言われた。なんでも、犯罪を犯していればこの水晶は赤くなり、そうでなければ青くなるという。結果は青で、入る事を許された。 「……まぁ、そうだな。協力頼めるか、タナカ」 「構いません」  別に隠す事はない。そもそも、隠せる方法もない。神は「鑑定でバレる」とも言っていた。ならば説明するよりも早いだろう。  言われるままに水晶に手を置くと、白い光りが溢れて手の平がじんわりと温かくなる。そして、その水晶に何やら文字のようなものが浮き上がった瞬間、ギルドマスターの腰が浮いた。 「これは! おい! 今すぐ教会と城に使い出せ!」 「え?」  いや、神様なにか様子が違う。ちょっと珍しいくらいの扱いだって言ってなかったか?  リースがバタバタと出ていき、アルトまで目をまん丸にして俺を見ている。  その中で、俺だけが想像と違う反応に大汗をかいていた。

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