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第7話 田中、神の落とし子になる
三十分ほどして、二人の人物がこの部屋に入ってきた。
一人は明らかに文官という様子の、細い人物。手には巻紙に立派なリボンを付けた書状のような物を持っている。
もう一人は明らかに騎士だ。白に薄紫の軍服をきっりちと着込んだ青年は折り目正しく俺に向かって膝をついている。こっちが厄介そうだ。
「神の落とし子様に拝謁が叶い、恐悦至極に存じます。教会より参りましたシュバルツ・ルーランと申します。どうか、お見知りおきを」
「あぁ、はい」
息苦しいくらい真面目な様子に引く。ただの社畜相手にこんな扱い、もはや引く。相手見ろよ、よれたおっさんだろうに。
そして、俺が一番恐れていたことをこいつは口にした。
「神の落とし子様、大司祭様より貴殿を教会にて保護したいとの申し出を受けております。さぁ、私と共に参りましょう」
「……は?」
いや、予想はしていたが直接聞くと耳を疑う。同時に、拒否反応が出た。
保護、なんて言っているが軟禁に近くなる予感がする。巨大な組織の内側深くに閉じ込め、神の使いとして広告塔にでもするのか。
言っておくが俺にはそんな神の使者的なスキルはない。神ですら吐き気をもよおす社畜スキルばかりだ。
なんと言って断るべきか。断って無事でいられるのか?
悩む俺の隣で立ち上がったのは、強い意志を持った目をしたアルトだった。
「黙って聞いてりゃ随分じゃないか。タナカの意志を確認もせず、強制的に連れて行こうってのか?」
「出しゃばるな、たかがA級冒険者が。これは神のご意志である」
いや、違うし。あの人が俺に言ったのは「しっかり休んで癒されろ」だし。
だが……俺はアルトを頼もしく思った。パーティ内では比較的弄られる立場で表情をコロコロ変える、懐っこい犬のように思っていたが、今は俺を考え前に出てくれる。そこに、男気を感じた。
「本当に神の意志か? 実際、タナカがどう思うかが問題だろうが。神の落とし子は異世界から神の意志でこの地に降り立った存在。全ては落とし子本人の意志が尊重される。それを遮れば災いがあるんだろ!」
「衣食住に脅威からの守りも全て教会が負うというのに、それを断るとでも! お考えください御使い様! 教会では貴方様を」
「あっ、俺は仕事をしないとダメになる人間なので、それに見合わない過剰な接待はお断りしております」
正直、本当にそれだと思う。元の世界ほど働かなくても、俺はやはり仕事をしていないと不安になるんだ。むしろ、やりがいのある仕事がモチベーション維持に必要だと思える。
だが、この返答にはシュバルツと名乗った騎士も、城の文官も、ギルドマスターすら口をあんぐりと開ける。リースについてはサイレント爆笑していた。
「あの、貴方様に労働など」
「タダより高い物はないと言いますし、見合わない対価をもらえばいつかその分を要求される気もします。俺は元の世界では死ぬほど仕事をしてきた人間です。むしろ雇用契約をきっちりと結び、仕事に見合う対価をもらうことで自身の社会的な立ち位置を確立していきたいと考えています。ですので、保護は必要ありませんし教会に行く気はありません」
そう、主張した。
思えば自分の意見を主張するなど、してこなかった。押しつけられたものを受け入れざるを得ない状況と立ち位置であったからだ。
悪くないものだ、こういうのも。一つ心に溜まっていた重苦しいものを吐き出した清々しさがある。
見ればアルトがニッと笑う。それに、俺も僅かに返した。
「あー、まあ、なんだ。城の意見はどうなっている?」
「はい。では僭越ながら、陛下からの書状を私めが代わりに読ませていただきます」
そう言って、皆の前で封蝋を切り、巻紙を開いた文官がきっちりとした声で読み上げた。
「神の落とし子が我が国に現れたことを、国を背負う者として歓迎したい。後日、城にて一度顔を合わせる機会をいただければ嬉しく思う。
だが、御使いを縛るのは神の意志に背き天罰に値するとも、過去の文献から読み解ける。よって、全ては御使い殿の思うままに。どうか、良き関係を築ければ幸いだ」
……予想外に、国は俺の存在を認め良い関係を築いていきたい意志はあれど、俺の行動などを縛るつもりはないらしい。
そうなるとますます、教会のあり方が問題に思えるが。
「さて、国王陛下はこのように仰っており、御使いであるタナカも教会での保護を求めてはいない。この旨、しっかりと大司祭殿にお伝えいただけるかな?」
「……承知いたしました。タナカ様、また後日教会の意志をお伝えに伺います。お許しいただけますか?」
「まぁ、仕事だろうからな」
このシュバルツも上からの命令を伝えに来て、仕事を果たそうとしているだけ。決定権を持たないだろう。そんな彼にあれこれ責めることを言っても可愛そうなだけだ。俺はそういう扱いを何度も受けて板挟みにされ、胃に穴が開いたこともあったからな。
俺の言葉にシュバルツは明らかにほっとした顔をした。それは何処か幼そうで……もしかして、年下だろうか。
何にしても二人が部屋を去ったことで空気が軽くなり、俺の為に前に立ってくれたアルトはニッと笑って拳を向けてくる。
こういうのは初めてで、むず痒く思える。だが、求められることを理解して、それを嫌だと思っていないのなら受け入れるのがいいのだろう。
向けられた拳に俺も拳を作って、軽く当てる。ただそれだけのことが、随分あったかく思えた。
「さて、お前さんの意志はさっきの啖呵でいいのか?」
改めてお茶を入れ直したリースは、一緒に軽食も運んでくれた。サンドイッチを食べたが、この世界の料理は普通に美味しいと思う。
ギルドマスターに問われ、俺は頷いた。そして隣で同じくパクつくアルトへと視線を向けた。
「アルト、昨日お前が話していた紹介したい職場は、ここか?」
「ん? そうそう! お前も現状見ただろ? 冒険者的にあれ、すんごく改善してもらいたいしさ。何よりここは衣食住がついて王都の中心。絶対に安全な仕事ばかりじゃないけど、冒険者の荷物持ちよりは安全も約束されてる。タナカは戦えないから、いいと思ってさ」
「なるほど」
このアルトという青年、表面に惑わされるとダメかもしれない。先程の男気もそうだし、魔物と戦う時の様子もだが、幾つも顔がありそうだ。何より意外と思慮深い。
「なんだ、お前さんここに就職希望か?」
「大変助かりますね。何せあの状況ですから」
リースは苦笑しているが……。
「リースさん、一つ伺います。貴方はとても優秀な職員のように見受けられますが、何故現状の改善を提案しないのでしょう?」
この人ならできるだろう。そう思う。
だが彼は苦笑してギルドマスターを見つめ、ギルドマスターは困った様子で咳払いして誤魔化した。
「僕はこの方の部下ですし、命令にないことは出来ないのです」
「……そうですか」
「まぁ、なんだ! 神の御使いってのはこの世界とは違う知識や経験を持っていると文献にある。もしお前さんが出来るなら、知識も力も貸してもらいたいんだ」
確かに、出来なくはない。無駄を省くことと同時に効率を考える。職員の能力、出来ることと出来ないことを見極め、それが教育でどうにかなるレベルなのかを考える。そのうえで人事を行うことで環境を変えサービス向上を目指す。
「……可能と言い切れはしませんが、尽力いたします」
「よし! そんなら採用だ!」
ニッカと豪快に笑うギルドマスターを見て思う。
この人のこの豪快な性格もまた、現状を生んでいる一つの原因ではなかろうかと。
◇◆◇
ひとまず部屋を得た。大きくはなく、家具は備え付け。木のベッドはシングルよりも少し大きいサイズだが、これはこの世界の人の平均的な体の大きさに基づいている。女性でもそれなりに身長があるのだ。
これに、ベッドサイドに小さなチェスト。簡単な書き物が出来そうな机と椅子。服を入れる衣装箪笥がある。
「ギルド内は明日にでも案内いたします。その前に食事などどうでしょう? アルトさんも本日はこちらで召し上がると言っておりましたし。その後、湯屋に共に行かれては」
「湯屋があるのか」
確かに、風呂には入りたいかもしれない。
案内役のリースによると、自宅に風呂があるのは大商会か貴族くらいで、一般人や冒険者は湯屋にいくらしい。ようは銭湯だ。
ここ王都には幾つかそうした場所があり、賑わっているという。
衛生は疎かにできない。そういう意識がこの世界にはあると聞いて安心した。病気のリスクを下げられる。
「では、そうさせてもらいます」
「はい。今後とも、よろしくお願いしますね。タナカさん」
そう言って手を差し伸べられ、応じた俺は一瞬背に冷たい何かが流れるのが分かった。
眼鏡の奥にある赤銅色の瞳は、どこか暗く光った気がした。
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