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第8話 予報外の雨②

「傘、貸してください」  立ち上がり、帰る覚悟を決めた。  これ以上一緒にいても、苦しさが増すばかりで、二人の関係に変化は生まれない。  彩真は拒否されても加賀美が好きだが、加賀美が彩真への一歩を踏み出してくれるとは思えなかった。    マグカップから視線を逸らさないでいた加賀美が、ようやく彩真を見た。目は合わせられなくて、俯いたまま話す。 「僕が加賀美さんを無理矢理どうこう出来ないですし、それをしたいと思ってるわけでもありませんから。しばらくは引き摺りますけど、でも、時間が解決してくれると思うので大丈夫です。泊めてもらって、ありがとうございました」  お辞儀をして着替えに向かう。  せめて面倒臭い人だけにはなりたくない。  完全に嫌いになられるよりは、会えなくても好きでいられる方がマシだ。  一度だけでも加賀美のプライベートに入れてもらえただけで奇跡じゃないかと、自分に言い聞かせる。  折角並んで寝られたのに、何も覚えていないことだけが悔やまれた。  小さくため息を吐き、ハンガーに掛かっているシャツに手をかけた時、加賀美が寝室に入ってきた。 「今帰ると、また風邪ひいちゃうでしょ」 「だとしても、もう加賀美さんに迷惑はかけません」 「心配で仕事にならない」 「じゃあ、なおさら風邪引かないと。そうしたら、加賀美さんが僕のことで頭がいっぱいになってくれるかもしれないですもんね」 「そ、そうじゃなくて」  加賀美が珍しく訥弁になっている。もどかしそうに、彩真を傷つけないための言葉を選んでいるのか。脈がないなら、傷つけてくれて構わないのに。 「じゃあ……なんですか。はっきり言ってくれないと、僕はいつまでも加賀美さんを好きなままです。中途半端に優しくしないでください」  悔しくて泣けてくる。ここまで必死になるのも初めてだ。   「……ここにいてよ」 「なっ、なんで……また期待するようなこと……」 「ごめん。帰したくない」 「でも加賀美さんは……」 「このまま帰らせると、俺が後悔するから」  あまりにも寂しそうに俯くから、彩真は着替える手を下ろし、加賀美と向き合う。 「僕だって後悔したくありません。片思いの方が良かったなんて、思いたくないんです。加賀美さんが恐れる後悔ってなんですか?  僕は優しくされたら期待してしまいます。  例えば、この部屋に出入りする人が沢山いるんだとしても、僕だけが特別扱いされてるのかなって思ってしまうんです。  今、加賀美さんの服を着てるのだって、同じベッドで寝たのだって、全部僕にとっては特別なんです。答えてください。加賀美さんは僕をどうしたいんですか」  ここまで言って、もし加賀美がまだ踏み込んでくれないなら、彩真も流石に諦めがつく。  雨音が強まる一方で、最早、傘を借りたくらいじゃなんの意味もなさそうだ。今帰れば、彩真は確実に風邪を引くだろう。それでも加賀美の返答次第では、風邪くらい拗らせる覚悟は必要だ。    加賀美をじっと見詰める。  沈黙の時間がやけに長く感じ、彩真は眉根を寄せた。  加賀美は観念し、ゆっくりと話し始めた。 「……昨日の夜、無防備に眠っている彩真くんを襲うところだった。誰かにこんな感情を抱く日が来るなんて思ってなかった。自分の体が反応しているのに気付いた時、俺自身が一番驚いた。まだ、こんな欲望が残ってたんだって。なんとか耐えたけどね」 「襲ってくれて良かったのに」 「酔って寝てる彩真くんを襲うなんて、できないよ」 「じゃあ、今は? 今は、僕、酔ってないです」 「……誘われてるみたいだな」 「必死に、誘ってます。求めてもらいたくて、体が疼くんです。ねぇ、加賀美さん」  Tシャツの裾を捲り、すでに芯を通し始めている中心を晒す。  加賀美は喉を大きく上下させ、彩真に近寄った。 「本当に俺でいいの?」 「はい。でも、一回きりならダメです」 「参ったな。歯止めが効かなくなる」 「あとなんて言えば、そのストッパーを外せますか?」 「……もう、外れてる」  加賀美の顔が近付いてくる。彩真が目を閉じると同時に唇が重なった。  コーヒーの匂いがした。  吸っては離れ、また重なる。  キスを続けながら加賀美に誘導されベッドに寝かされた。  雷が近付いている。光も音も強くなってきている。  部屋は薄暗く、時折鳴る雷と激しく降る雨の音が響いている。なのに部屋はやけに静まっていた。加賀美と彩真だけの世界に閉じ込められたかのように、周りの音は一切聞こえなかった。  加賀美は彩真のTシャツを脱がせ、自分の服も脱ぎ捨てた。 「……かっこいい」  思わず呟いてしまうほど、加賀美の身体は引き締まっていた。 「今でもジョギングとかしているからね」  彩真を組み敷きながら加賀美が言う。  首筋を吸われ「あっ」と甘い声が漏れた。 「もっと、彩真くんの声が聞きたい。雨のおかげで引き止められたけど、今は邪魔だな」 「僕は誤魔化せて都合がいいですよ」  早く来てほしくて加賀美の首に腕を回す。顔を傾け、キスをして、体を密着させた。  加賀美は彩真よりも体温が高い。包まれていると、守られているみたいで安心できる。  互いに呼吸が荒くなっていく。  会陰に加賀美の硬いものが食い込み、彩真は息を呑んだ。 「早く、加賀美さんと繋がりたいです」  煽るように腰を揺する。加賀美も挑発にのり、彩真の下着を剥ぎ取り一糸纏わぬ姿にされた。 「彩真くんは綺麗だね」  上から見下ろしながら、加賀美が言う。ヘアセットしていない前髪が垂れ、普段に増して色気を醸し出している。大人の色香に当てられ、彩真の中心は完全に芯を通し反り勃った。    まだキスしかしていないのに、興奮している。  加賀美の中心も、下着には収まらないほど怒張していた。

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