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月籠りの宮 ~愛こそすべて~ 第3話 | 花咲 亜華の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
月籠りの宮 ~愛こそすべて~
第3話
作者:
花咲 亜華
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第3話
駕籠
(
かご
)
が城の奥深くにある
暁斗
(
あきと
)
の私室棟に到着した時、そこに待ち構えていたのは、鬼の形相をした古参の家臣たちを統べる
石動
(
いするぎ
)
だった。 護衛兵の手から降ろされた暁斗は、まだ水気を帯びた着物の裾から、冷たい滴を床に落としていた。その小さな染みは、まるで彼の犯した罪の証のように、清浄な板の間でじわりと広がっていく。 部屋には、石動と、報告を終えた長谷部、そして壁際に控える
侍祭
(
じさい
)
の
紅葉
(
かえで
)
以外、誰もいない。しかし、その静寂は、どの戦場よりも重く、張り詰めていた。
紅葉
(
かえで
)
は、恐怖で顔を真っ青にしている。 石動は、ゆっくりと暁斗の前に進み出ると、その場に膝をついた。しかし、その所作には、家臣としての敬意よりも、抑えきれない怒りの圧力が満ちていた。 「――若」 低く、地を這うような声だった。 「申し開きは、ございますかな」 暁斗は、何も答えなかった。ただ、唇を固く結び、床の一点を見つめている。彼の脳裏には、まだ川面のきらめきと、
迅
(
じん
)
の屈託のない笑顔が焼き付いていた。 石動は、その沈黙を、反省の色なしと見たのだろう。声の温度が、さらに数度下がった。 「
御身
(
おんみ
)
が、神聖なる神凪家の次期当主であられることを、お忘れか。供も連れず、ただ一人で城を抜け出し、あまつさえ、素性の知れぬ市井の
童
(
わらべ
)
どもと泥にまみれるとは。それが、どれほど危険で、そして、我ら家臣一同を
愚弄
(
ぐろう
)
する行いであるか、お分かりか!」 言葉の一つ一つが、鋭い刃となって暁斗の心を突き刺す。分かっている。頭では、石動の言うことが全て正しいと分かっていた。 しかし、彼の心は、初めて知った「自由」の味に、まだ痺れていた。初めて交わした「友」の温もりに、まだ酔っていた。 しかし、石動に納得してもらわなければ説教は終わらない。暁斗は考えを巡らせる。 「…もし、若の御身に万が一のことがあれば、我ら家臣は、腹を切って詫びるだけでは済みませぬ。神凪家の、そしてこの国の未来が、閉ざされるのでございますぞ!」 石動の言葉が、悲痛な叫びに変わった時。 暁斗は、ゆっくりと顔を上げた。その菩薩のような顔には、涙も、反抗の色もなかった。 頭の中には「何かを得るには、何かを犠牲にしなければならない」という、帝王学の基本が浮かんでいた。そしてただ、人形のように、完璧な無表情が張り付いているだけだった。 「…我の、過ちであった」 その、あまりにも他人事のような、平坦な声を聞き、石動は絶句した。 暁斗は、静かに続ける。 「罰は、受ける。石動、そなたの差配に任せる」 それは、反省の言葉ではなかった。 ただ、自分がしでかしたことの「対価」を、計算するかのように、淡々と受け入れただけ。 石動は、そのあまりにも子供らしからぬ、感情の読めない態度に、まるで石を打つような、手応えのなさを感じた。 (なぜ、泣かれぬのだ。なぜ、心から詫びぬのだ。 この叱責は、若の心に全く届いていないのか。それとも、あの城下の
悪童
(
あくどう
)
の影響で、ここまで心が
固
(
かたくな
)
になってしまわれたのか…) 石動は、この若き主君の扱い方に、初めて戸惑いを覚え、深い溜息をつくしかなかった。 「……十日の間、この棟からの外出を禁じます。その間、神官王家の歴史を記した書物、『皇之暦書すめらぎのれきしょ』 の筆写を行っていただきます」 「わかった」
紅葉
(
かえで
)
に促され、暁斗は私室へと消えていく。 その小さな背中を見送りながら、石動は、自分の厳しい躾が、この若君の心を、正しい方角ではなく、誰も手の届かない、より冷たい場所へと追いやっているのではないかという、新たな不安に襲われるのだった。 そして、部屋で一人になった暁斗は、筆を持つよりも先に、そっと自分の右手を握りしめた。 そこにはまだ、迅の、泥だらけで、力強い、あの手の感触が、確かに残っているような気がした。
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花咲 亜華
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