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月籠りの宮 ~愛こそすべて~ 第20話 | 花咲 亜華の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
月籠りの宮 ~愛こそすべて~
第20話
作者:
花咲 亜華
ビューワー設定
20 / 45
第20話
迅
(
じん
)
を「半身も同然」と宣言した直後、他の家臣たちが退室した後も、
朱鷺田
(
ときた
)
は玉座の前に平伏したまま、動かなかった。その姿勢は恭しいが、背筋に張り詰めた意志を感じさせた。 「陛下。この朱鷺田、臣下としての責務ゆえ、一つ、
諫言
(
かんげん
)
を申し上げたく存じます」
暁斗
(
あきと
)
は玉座に深く沈み込み、冷めた目線で彼を見下ろした。 「申してみよ」 朱鷺田は、頭を垂れながらも、静かな声で言った。 「陛下。この度の神月将軍へのご対応。一人の家臣に、そこまで特別な寵愛を割かれることで、家臣の心には、既に波風が立っております。臣鬼という役職は、いささか急進的すぎると拝察いたします。賢い選択では、ございません」 朱鷺田の言葉は、完璧に磨かれた論理だった。 「神凪の治世は、秩序によって保たれます。低賤な出自の者を陛下の半身と公言されれば、譜代の者たち、そして都の貴族たちが、陛下の公正さに疑念を抱き、政治的な波紋が生じます。この問題は、愛ではなく、統治の根幹に関わることです」 朱鷺田は、自身の忠誠心と理性を盾に、冷徹に迫った。彼の言葉の端々には、「陛下の愛は、統治の論理に勝るべきではない」という、傲慢な知性が滲んでいた。 暁斗は、その瞬間、一瞬にして目の前の世界が赤く燃え上がるのを感じた。 暁斗は朱鷺田をじっと見る。 暁斗にとって迅は、彼の孤独と狂気を鎮める唯一の光だ。 そして、譜代の家臣団は代々神凪家に仕える忠臣だが、この朱鷺田だけは違う。彼は暁斗自身が十三の時に血の盃を交わし、神凪の臣鬼として迎えた暁斗にとって初めての臣だ。 朱鷺田は、暁斗の神氣を感じることができるという。だが、その目には映らない『
妖
(
あやかし
)
』については、存在すら信じていない。そして、自分が知覚できるものをすべて知性で理解し、操ることができるのだと信じている男だ。 確かに知性は高い。自分の御代に役立つと思って臣鬼として迎え入れた。 しかし── (こいつは迅を知ろうともせず愚弄した) (迅が、我を孤独という檻から引きずり出し、内に渦巻く神気の狂気を鎮めたことを知りもせず、迅を否定した) (石動たちと何も変わらない) 迅は、暁斗にとって生け贄でも、側近でも、政治的な道具でもない。世界が崩壊しても、失いたくない、自分自身を繋ぎ止める命綱だった。朱鷺田の言う『統治の論理』など、迅の存在に比べたら下らぬ塵芥に過ぎない。 怒りの炎が五臓の奥で燃えている。しかし、暁斗の表情は、変わらなかった。 「朱鷺田」 静かで、冷たい声だった。 「そなたの懸念は、理に適っている」 一瞬、朱鷺田の顔に、「論破できた」という安堵の色が浮かぶ。 「だが、この裁定に、我の理性は、一切の疑義を挟まぬ。
迅
(
じん
)
は、我が選んだ剣。その剣を、そなたのくだらぬ論理で汚すことは、我の御代の基盤を揺るがす行為だ。忠義と称して、我の裁定を愚弄するなら、その知性は我には不要だ」 暁斗の瞳は、朱鷺田を、不忠な裏切り者を見るかのように冷たく射抜いた。 「我がそなたを迎えた意味は、その知性を、我が御代のために使役することにある。二度と、迅の存在を、くだらぬ論理で汚すことを許さぬ」 それは、表面上は冷静な、しかし最も深い不興を込めた、静かな宣告だった。朱鷺田は、その瞬間、自身の最も賢い助言が、主君の最も深い愛によって切り捨てられたことを悟った。 王の、剥き出しの怒り。 神の子が放つ、圧倒的な神気の圧力が、朱鷺田の全身を叩く。 しかし、朱鷺田は、その圧力に耐えながら、冷静に、全く別のことを分析していた。 (……今のは) 以前の、あるいは、本来の暁斗の神気は、感情が昂ぶると、無秩序に、爆ぜるように、四方八方へと飛散する、制御不能な嵐のようだった。 だが、今、目の前で燃え盛っている神気は、違う。 その怒りは、まるで鍛え上げられた刃のように、鋭く、ただ一点、自分にだけ向かってくる。無駄な拡散がない。指向性を持った、「整えられた」力。 朱鷺田は、主君からの痛烈な叱責を受けながらも、その頭脳は、恐ろしいほどの速度で、全てのピースを繋ぎ合わせていた。 彼は、深く、深く、頭を下げた。 「―――…っ。出過ぎたことを、申し上げました。お許しを」 朱鷺田は、平伏した姿勢のまま、微動だにしなかった。額を畳に押し付け、その冷たい感触だけが、己の理性がまだ機能していることを示していた。 (それにしても……) (何の功績もないまま、いきなり
御耀
(
みかが
)
の半身だと?) (
神月
(
みかげ
)
という「神」の字をもつ姓まで与えて?) (この不合理を、私は受け入れなければならないだと?) (岩田迅。あれを御耀が館に連れたときは単なる火傷を負った町の子供に過ぎぬと歯牙にもかけなかったが) (まさか、この朱鷺田が、論理ではなく感情という、あの譜代の老いぼれどもと同じ土俵で主の心を読み解くことを強いられるとは) 朱鷺田の頭脳は、必死に、今の事態を合理的に分析しようともがいた。 (あの調書……ただの不良の子供のできることではない) (だが、この私を評定の間で怒鳴りつけて拒むあの理不尽な不安定さ。得体がしれん) そして暁斗が「半身も同然」と宣ったとき、暁斗の感情の発露にいつもは荒ぶる神氣の奔流が、まるで炎のようにくゆり、強い力を示しながらも、乱れなかったと感じたことを思い出す。 (……迂闊だった) (
御耀
(
みかが
)
のこれは、単なる愛着ではない) (御耀の
神氣
(
かむけ
)
が、統治の論理を簡単に覆すほどに依存しているこの少年が、あの規格外の力を安定させるため依り代としてはたらいているのだとしたら……?) 神月迅が、暁斗の強すぎる神氣を抑える力を持つ唯一無二の存在。その解は朱鷺田のこの屈辱も、すべては納得できるものだった。 (そうだ。そうでなければ、あの神の器が、あのような存在に、己の権威を共有するなど、ありえない。そして、そうであるならば、この神月こそが、私(わたくし)の野心を満たすための、究極の鍵なのだ) 朱鷺田の冷たい野心が、新たな獲物を見つけた。 (この者こそ、私にとって、最大の脅威であると同時に、究極の機会だ。私一人では、陛下の愛を覆せぬ。ならば、愛を解き明かし、神月を御することで、権力を得る) 朱鷺田は、顔を上げず、口元に微かな笑みを浮かべた。それは、恐ろしい実験を始める者の、冷たい好奇心だった。 (なぜこれほどの寵愛が、あの粗野な少年に集中するのか。……それを知らずして、私はこの国を統治できぬ。この好奇心こそが、私の使命であり、私の野心だ) 朱鷺田は、静かに立ち上がり、心の中で誓った。 (神月迅。お前の全てを、この朱鷺田が、理性をもって解き明かしてやる。そして私の野心を満たす礎とするべく、私が使いこなしてやろう) この瞬間、朱鷺田の野心は、「政治的な権力」だけでなく、「迅という存在の謎の解明」という、より個人的で危険な探求へと向けられた。それは、彼自身の破滅へと繋がる、最初の一歩であった。 評定の間から下がった迅は、激しい疲労感に襲われ、暁斗の住まいである南殿からみて左に位置する西殿の自室の寝台に倒れ込んでいた。朱鷺田へ無償に駆り立てられた怒りと、大勢に向けられた敵意や詮索の眼に晒された困惑で、頭がぐちゃぐちゃだった。 そこへ、暁斗が音もなく入ってきた。 「……大丈夫か」 家臣たちの前で見せる冷たい王の顔ではない。ただ、迅の身を案じる少年の顔がそこにあった。暁斗は薬湯を差し出し、迅が飲むのを黙って見守る。 「……悪かったな、病み上がりだというのに、いきなりあんなことになって」 「……別に。お前が決めたことだろ。俺に謝る必要なんかねえよ」 ぶっきらぼうに答える迅。 暁斗は少し寂しそうに目を伏せる。 「……決めたんだ。俺は、もう二度と、お前を俺の傍から離さない。そのためなら、何でもする」 その声は、悲痛な響きを帯びていた。 「……ああ、そうかよ」 迅はまたぶっきらぼうに答えた。きっと理由を尋ねても、暁斗は答えないだろう。 だが、その言葉に嘘はないことだけは、迅にも分かった。 暁斗はただ、壊れ物を扱うように、そっと迅の髪に触れるだけだった。 (ほんとに、……調子、狂うったらねえ) (俺にはこいつが何考えてんのか、さっぱりわからねえ) (俺に触りたがる連中に、こんなやつはいなかった) (まあ、俺が考えたってしょうがねえんだ) (こいつが、俺の命を救ったんだ) (だから、俺は、こいつのために生きればいいんだ) (こいつが、何考えてたとしても、それは関係ない) (今まで通り、何も期待しなきゃいいんだ) 迅は自分の銀の髪を梳く暁斗の指をぼんやりと眺めていた。
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花咲 亜華
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