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第29話

暁斗(あきと)が譜代の家臣らに儀式の理由(=「宝剣」を手なづけるため)を説明し終えた翌日。 評定が終わった直後に、 石動(いするぎ)は、暁斗が玉座を立つのを待って、追いすがるように声をかけた。 「―――我が君。お待ちください。満月と新月の儀式について、ご提案がございます」 「……何かあるか、石動」 「はっ。御君は昨日、神月(みかげ)将軍を『荒ぶる(つるぎ)』と仰せられました。万が一にも、その剣が御身に(やいば)を向けることがあらば……」 石動は、忠義の臣としての(かお)を崩さぬまま、進言する。 「儀式とはいえ、二人きりはあまりに危険にございます。この石動、あるいは長谷部(はせべ)が、万が一に備え、護衛としてお側に侍ることをお許しいただきたい」 暁斗は刹那、表情を凍らせ、舌打ちしたいのを堪えた。 荒ぶる剣だと、自らが石動を納得させるために使った言葉が、そのまま(かせ)となって返ってきた。 (…しくじったか) 譜代の家臣、特に石動や長谷部は武士(もののふ)として鍛錬を積んでいる手練れだ。そのうえ、迅よりも年上で権力もあり、体も大きい。あの寝所に立ち入らせるなど、万が一にも許容できることではない。 暁斗だけが知る迅の乱れた姿を、この者たちに晒すような真似はなんとしてでも退けなければならない。 だが、ここで「護衛は不要」と言えば、先の「荒ぶる剣」という説明が嘘であったと認めることになる。 暁斗の頭脳が瞬時に回転する。 護衛という進言そのものを受け入れ、しかし、その人選は、こちらで掌握することにした。 条件は、迅より非力で、身体が小さく、そして権力もない者。迅の警戒心を煽らず、石動の手駒にもなりにくい、清浄な駒として暁斗から迅を盗もうなどとしない者。 「……わかった、石動」 暁斗は、不本意を隠した冷徹な声で告げた。 「そなたの忠義、受け取ろう。だが」 暁斗は、石動の目が期待にギラつくのを、冷ややかに見据える。 「儀式は『神事(かみごと)』。武士(もののふ)であるそなた達の殺気を持ち込む場所ではない。――侍祭(じさい)紅典(あかのり)に、その役目を申しつける」 「なっ…! 紅典、にございますか!?」 石動の声が、隠しきれない怒りと嫉妬で震えた。 あの儀式の一部始終を、(おのれ)の目で見定めるつもりであったのに。あの、世間知らずの小僧に、その役を奪われたのだ。 「侍祭ごときに、万が一の際の護衛など…!」 「神事と申したであろう。異論は、認めぬ」 暁斗は、石動の反論を冷たく切り捨て、その場を去った。 その夜、石動玄頼は、誰にも知られぬよう、侍祭(じさい)である斎木(さいき)紅典(あかのり)を自身の私室に呼び出した。 石動にとって、儀式への(はべ)りを許された紅典は、王の清浄な御身が「荒ぶる剣」の穢れに侵されぬよう、忠義を果たす最後の手段であった。王の論理(神事)で拒まれた武士の殺気は、今、紅典という唯一の目を通して、異様な執着となって溢れ出そうとしていた。 神凪紅家より、侍祭として派遣されている紅典は今年十八になったばかり。 まだ若く、神事以外の俗世のこと、ましてや男同士の機微や色事には全く疎い、「箱入り」の青年だった。筆頭家老からの突然の呼び出しに、ただ小さくなって震えている。 「紅典。此度、御君様より大役を仰せつかったな」 「は、はい…! 身に余る光栄にございます…」 「うむ」 石動は、その威圧的な目で紅典を射抜いた。 「だが、お前も知っての通り、神月 迅は…尋常の者ではない。かつて御君様の御心を惑わせた『(あやかし)』の気配が、いまだ消えぬ」 「あ、妖…」 「そうだ。我らは御君様の御心を、清浄に保たねばならぬ。よって、これは筆頭家老としての『命令』である」 石動は、声を低めた。 「儀式の間、お前が見聞きしたこと、そのすべてを、内密に、この私だけに報告せよ。御君様が、あの者から悪しき影響を受けておられぬか、長らく確認する必要がある。…御君様には、決して知られてはならぬぞ」 「そ、すべて、にございますか…?」 「そうだ。儀式が滞りなく終わったか。御君様の御身に異変がなかったか。…そして」 石動は言葉を区切り、無機質な声で命じた。 「御君が、あの者のどこに触れられた。触れた際の、あの者の息遣いは、いかに荒ぶっていたか。その身を、喜んで差し出したのか。あるいは、拒んだのか。一字一句、違わず、この余に、全てを報告せよ。些細なこと一つ、聞き漏らすな。よいな」 「は、はい! 御君様をお護りするため、かしこまりましてございます!」 紅典は、それが主君への「忠義」であると、疑いもせず信じ込んだ。

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