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第24話

 片頬をあげてぼくを見る。 「前に俺に訊いたろ? 何人をホームに連れて行ったかってさ」  それで思い出す。そうだ、ぼくはタカハシに訊いたんだよ、何人をおじいさんに会わせたのか…って。 「ああ、そうだったね」 「佳樹が初めてだ」 「そう…」  意外な答えだった。いったいぼくのどこに、そんな特別を受ける理由があったのだろう。 「確かめたかったんだ。俺、しつこいくらいあの人が好きだったから。佳樹と中村さん、どっちが本当に好きなんだろう、並べてみたら分かるのかな、なんてバカなことを考えてさ。それで、やっぱり佳樹が好きなんだなってあらためて分かった。たぶん、佳樹には一目惚れに近かったんだろうけど、ただおとといまでは、どうせおまえにも決まった相手がいるんだから、どっちにしろ本気になってもしかたがないと思ってた」  そうだ。  確かに、タカハシはぼくに恋人がいると思い込んでいた。悟さんを、ぼくの「ステディ」だと――――。 「ぼくのこと見るたびに、恋人からファックされまくってるやつだと思った?」  言葉の過激さにびっくりしたのか、目を瞬きながらぼくを凝視する。 「まあ、そんなとこだな」 「ぼくをファックしてたのは、実の叔父なんだよ、タカハシ」  もしかしたらもう誰かから知らされているかと思ったけれど、初耳だったらしい。 「え…?」  擦れた声だった。 「ぼくはね、叔父さんとセックスをしていたの。それこそ毎晩のように…」  タカハシと恋人になるならば、これはどうしても避けては通れぬ告白だった。 「夜の十一時に彼の部屋に行って、裸になって、ベッドの上で四つ這いになって、彼とセックスしてたんだ。入れられるときに痛くないように、その前にケツの穴に油を塗ってさ。最初はそれこそ力づくだったけど、もう途中からは諦めて、ぼくから差し出してた。いつもすごく痛くて。あの人、モノも長けりゃヤる時間も長くてさ。それに手加減なしにピストンするから、本当につらかった。セックスをしながら鞭を使うんだ。でもね、途中でその鞭を手放すの。そして、ぼくの腰を掴んでピストンを速めるとね、ぼくは感じるんだ。もう、めちゃくちゃ気持ちよくて、アンアン言って、善がって、腰をうねらせてさ。勃起して、射精して。ほとんど毎晩だったよ。なんて淫乱だろうと、自分でも呆れてた。これって強姦って言えんのかよって思ってた。でも今日、福祉の人たちが来て、それでも強姦と呼んでいいんだって教えてくれて。すごく気持ちが軽くなったよ。軽くなったけど、でもぼくの過去は変わらない。あんたの前に差し出せるのは、こんなぼくなんだ、タカハシ」  タカハシは眉根を寄せ、真剣に聞いていた。なんとなく痛々しい翳すら瞳に落としていたけれど、ぼくはかまわず続けた。 「あんたに話しておかなければならないことは、まだある。ぼくは、殺人犯の子供なんだよ。ぼくの母は父を殺しているんだ。母はむかし悟さんと付き合っていたのに、つまらないことで彼を捨てたの。そして、彼の兄であるお父さんに乗りかえたんだ。悟さんはそれを怒って、それでお母さんにそっくりなぼくを抱いていたんだと思うよ。だから今回のことは、悟さんばかりが悪いんじゃない。――ぼくはね、タカハシ。お母さんに似ているのがたまらなく嫌なんだ。ぼくとお母さんはすごくよく似ているんだよ。顔が似ている親子は性格まで似るっていうだろ? もう、そう考えるだけで死にたくなるんだ。ぼくもいつかお母さんのように殺人を犯してしまうんじゃないか、自分勝手に人を傷つけてしまうんじゃないか、なんて考えてしまって――ねえ。そんなぼくなんだ……あんたが好きって言ってくれたのは。だから、もしぼくのことが嫌になったら、かまわず言ってくれていいんだよ。ぼくは、自分自身でよく分かってる。あんたはぼくにはもったいないって。ぼくとあんたじゃ、まったく不釣合いだってことをさ」  ぶちまけるだけ気持ちをぶちまけてしまって、言いすぎたかなと潮がひくみたいに突然、不安が押し寄せた。まったく勝手なものだ。セックスのときだってそうだった。ぼくは自分本位に自分の衝動をもてあまして、タカハシにぶつけてしまっていた。  間違いなくぼくは彼に甘えているのだろう。優しい大人を見つけたわがままな子供みたいに。  返事を待ったけれどタカハシは宙に視線を置いたまま黙然としている。さっそく嫌われちゃったかな。 (なにか言ってよ、タカハシ。なんでもいい。嫌いだでも、呆れたでも、なんでもいいからさ…)  手が伸びてきて、くしゃりとぼくの前髪を握った。 「愛してるよ、佳樹。おまえの人生の背景が、どんなものであろうと」  心臓が大きく震えた。 (――やだ。そんなこと、言ったら)  鼻がつんとしてくる。目頭が熱くなる。  そんなこと言われたら、どんどんタカハシに(はま)って、捨てられたときに生きるすべをなくしてしまう。もうタカハシなしには、いっときだって生きられなくなってしまう。 「さっそく、点滴取れたんだな」  タカハシが話題を変える。 「うん。今朝の血液検査で、先生が大丈夫だろうって」 「夕食って何時だっけ?」 「六時だよ」 「まだ、一時間あるな」 「そうだね」  さすがに、なんのことやらという気持ちになった。 「この時間はあんまり、回診こないだろ」 「うん、さっき検温に来たばかりだし」  ぼくの腕を引っ張る。 「また看護婦に邪魔されたら、かなわないからさ」  腕を引かれるままにぼくはベッドから降りた。タカハシがなにをしたいのか分からなくて、なんとなく苦笑してしまう。 「なに?」  向かいあって腿の上にぼくを跨らせようとする。 「座っていいの?」 「うん。座って」  彼に跨いで腰を沈めると、タカハシがぼくの体へそっと腕を回す。その柔らかな感触から、怪我のところを痛めないようにと気遣ってくれているのが分かる。 「重くない?」 「軽い。もっとメシ食え。他の病気じゃないかと心配になってくる」  大きい腕と胸に抱かれて、親にあやされる幼子のように身を預けた。  タカハシの広い肩に頭を凭れかけると、彼の体の熱が肌を通ってじんと伝わってくる。  そしてタカハシの匂い。石鹸の匂いとシャンプーのメントールのまざった、南国みたいに甘美で官能的な匂い。  …ああ、おとといのセックスのときもこんな姿勢になったんだよな。そう考えると勃ってくる。タカハシも堅くなってきていた。 「入れて欲しいな…」  このままタカハシをめちゃめちゃに感じたい。壊れるほどにずぶずぶと咥えてしまいたい――――。  たまらなくなって腰をこすりつけた。 「退院したらたくさんできるから、我慢しよう」  タカハシが聡く制する。  でもぼくはそんなに待てなかった。だんだんと気分が高まって、そのうちにもっと激しく腰を遣っていた。  服の上から塊がこすれあう。それだけでも気持ちよかった。まったくぼくは本当に色情狂なのかもしれない…。 「あ……」  なんだかぼくだけが一人で盛りあがっちゃっているみたいで恥ずかしい。 「そんな声だすな、我慢できなくなる」 「我慢しないで――ぶち込んじゃって…」  繋がりたくてたまらない。彼の耳元で息を荒げた。 「バカ、やめろ」 「いいよ…パンツ脱がしちゃって。そいでもって、ぶち込んじゃって…」  さらさらしたタカハシの髪に顔を埋める。ライオンの(たてがみ)みたいだ。なんて気持ちいいんだろう。 「困らせるなって。いまは、体を治すのが先だろ」  また、そんなお利口なことを。 「…繋がりたい――お願い、」  もう限界だった。欲しくてたまらなかった。 「誰か来たら、まずい」 「さっき来たばかりだからもう来ないってば。…ね?」  せめてと思って立ちあがり、ベッドを隠すカーテンを端まで引いた。 「お願い、タカハシ――」  まだ躊躇しているタカハシを横目に、ベッドに上がってボトムをおろした。タカハシの視線が完全に拒否していないのを感じながら、ベッドの端で彼に尻を向けて誘う。 「ローション、持ってないから」  タカハシがしかつめらしく告げる。 「唾でいい」 「だめだ。それじゃおまえが痛い」 「いいんだって。ぼくがそう言ってるんだよ? だから、ねえ…頂戴――」  いつになく苦しげな声をさせて、タカハシが立ちあがった。 「色っぽくて困るんだ、佳樹は」  そうでしょう? もっと言って。あんただからだよ。あんただから欲しいの。  タカハシはたっぷりと唾液で濡らしてくれながら、指まで使ってそこを解してくれた。その間もぼくはその後の行為を想像して昂り、体をうねらせていた。  タカハシがゆっくりとペニスをあてがう。  時間が止まったように感じた。  欲しかった。この瞬間が欲しくてならなかった。 「あ…!」  圧し開かれる孔。異物に侵され、驚く内壁。どんなに欲しくても、この苦しみなくしてそれはやってこない。 「んぁあ!」  内側が裂けそうだ。なんてタカハシは大きいんだろう…。痛みに体が汗ばんだ。 「大丈夫か? つらいか?」  焦る声に、ぼくは夢中で首を振って否んだ。 (――大丈夫か?)  脳裏に甦る声。あの時と同じ。優しくて、深い――。  嬉しい。ぼくは、あんたのこの声に捕らえられ、惹かれ、慰められたんだよ…。 「大丈夫か? 佳樹?」 「うん。大丈夫だよ。もっと、入れて」 「つらかったらすぐに言え」 「うん」  さらに圧し込まれ、ぼくは唇を噛んだ。ゆっくりと味わうようなピストンが始まる。…苦しい――…あ――…熱い。 「あ。…あ。…あ。…あ。」  一定の時間を刻むように、ぼくの口から獣のような呻き声が突いて出る。  攣れる痛みと摩擦による熱に苛まれながら、ぼくは待った。  やがてぼくの腸壁から彼のペニスのために体液が分泌され、その潤滑によってぼくと彼との摩擦がなくなり、この痛みが消えるときを。  皮膚と皮膚のこすれ合う熱が、甘くとろける蠢きへと変わり、めくるめく快楽の波が次々と押し寄せる、あの瞬間を…。  ――――ああ。  来た。  快感の波に呑み込まれ、ぼくが狂い始めるときが。  ぎゅっとアヌスが締まった。もういっぱいなはずなのに、もっと感じさせて、もっと咥えさせてと縋りつくみたいに。  頭の後ろっかわがじんと痺れて。  自分がただの感覚器官になって。  ただ、タカハシを体中にひたすら感じて。 (こんななんだ。好きな人と愛し合うセックスは)  メチャメチャになるくらいに味わいたいと欲して、さらに強く求めて。  自分が彼に支配される喜びに打ち震えるだけの存在になり、まるでぼくの内壁を充たすタカハシのペニスがなくてはならないような、いままでもずっとそこにあって、永遠にそこにあるような。  もう終わることなく、いつまでも繋がってしまうみたいに、それほどに激しく、一体となって。  タカハシがピストンを速め、ぼくのペニスを巧みに扱く。 「きもち、いい…、きもち、いい…、もっと、掻きまわして…、そう…いい…!」  痙攣が起きたようにかぶりを振った。  自らも腰を遣ってタカハシを貪った。炙られた快感がうねりとなって全身を駆け巡る。灼け付く。ああ、燃えてしまう。 「あああ…!」  絶頂に達し、欲望が迸った。  ぼくの後で、タカハシも追いかけるようにして。 「タカハシ!」  ぼくは振り向き、夢中で彼の首にすがった。そんなぼくをしっかりとかかえてくれる。彼の存在が、ぼくのすべてだった。 (もうなにもいらない――――!)  タカハシさえいればなにも。  柔らかなキスが唇を覆った。  眩暈のするような甘いキスだった。 「好き…」 「俺もだ。どんどん好きになる…!」  タカハシがいなくては自分の人生など無意味に思えた。  背後からそっといだかれた。タカハシの体はいつも熱い。その熱に陶酔するように目を閉じた。

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