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第7話
月曜から一泊二日で出張だった俺は、火曜の今日、本来なら直帰の予定だった。だが帰りの新幹線の中でクレームが発生したと連絡を受け、急遽出勤に変更する。
商談時と契約書類の納期が違うというものだった。担当は眞島だという。
嫌な予感がした。まだ新人扱いの眞島に独断で判断する状況が起きるはずがない。
ともかく今回は納期を取引先の要求する期日で飲み、それに間に合わせるよう他県の製造部にも依頼をかける事を最優先に指示し、詳細は戻って聞くことにする。
十九時過ぎに営業部に帰社すると、一課は騒然としていた。電話口で必死に、突発でタイトな納期の依頼を頼み込む社員たちだ。
当事者を招集して会議室に入る。課長補佐と眞島の二人だけだった。
眞島が単独行動というのがまずおかしい。その事を補佐に訊くとペアの先輩担当が昨日からインフルエンザで病欠だという。
なんとなく事情が分かる──間が悪いなと心の中で溜息を吐いた。
「今月頭に後藤先輩に同行して、契約内容を取引先と再確認したんです。その時は確かに納期は一月末と仰ってました。年明けという言葉も出ましたし」
眞島は悔しそうな顔で、事実と思われる状況を述べた。そして続ける。
「……ですが今日僕が一人で伺ったところ、契約書を見て、納期は十一月末と言ったはずだとご立腹されて……」
「本日の件は、後藤君が欠勤で他に同行できる人手がありませんでした。既にサインを頂くだけの所まで詰めてあるということだったので、私の判断で眞島君一人で契約に行ってもらいました……申し訳ありません。私の判断ミスです」
補佐が小さくなって言い訳のように口を挟む。
確かに判断ミスだ。だがそれを眞島の前で公然と言うことには嫌悪を感じた。
俺が居れば眞島一人で行かせていない。一課にいなければ他の課に頼み、誰かを同行させた。この取引先は以前にも悪質な強硬手段を取っている。補佐も知っているはずだ。眞島が一人前かどうかは問題ではない。しかし今それを指摘しても補佐と同じ行為になるだけだ。
「今は十月中旬だろ、本来の納期から半分以下か。しかし無茶苦茶いうなあ、あの狸親父」
忘れるはずがない、以前やられた時の担当は俺だ。それだけに眞島の悔しさは人一倍分かる。
「だが元々余裕を取ってある。かなり厳しいが、やってやれない期日でもない。そこんとこ分かって言ってるからな、あちらさんも。何かあったら責任は俺が取る。とにかく今は、納期までに製品を上げることだけに全力を尽くせ。分かったな眞島」
「──はい!全力を尽くします!」
俯いていた眞島が勢い良く顔を上げた。目に力強い意志が認められて、補佐の嫌味や狸の奸計くらいで駄目になる奴じゃないよなと自分の事のように嬉しくなる。
全社総出の甲斐あって、納期は本当にギリギリだったが間に合った。これも無理な残業や徹夜組まで出してくれた製造部の協力あってのことだ。本当に有り難かった。
無事納品できたお礼も兼ねて、製造部に差し入れを持っていく。
「こんなに何度も差し入れ貰って、却ってすみません」
対応に出た松永主任が頭を下げる。それについては耳にしていなかった。
「営業から他のも来ましたか」
「ええ、眞島君がおにぎりとか飲み物とか、よく差し入れてくれて。それから今回はご迷惑おかけしましたって、多分一人一人に言ってたんじゃないですかね。そりゃ工程はキツかったけど同じ会社なんだし、そんなこと気にするなって話しましたよ。──ところで彼、製造部にもらえませんかね?」
松永はヘルメットの下で目を光らせ、茶目っ気たっぷりに笑った。
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