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第2話 運命的な夜
振り返ると、一人のサラリーマン風の男性が心配そうにこちらを見ていた。
紺色のスーツを着こなし、清潔感のある外見。
顔立ちは整っているが派手さはない。年齢は俺より少し上に見える。
「たまたま通りかかったら、さっきのを見て……。顔、冷やした方がいいと思うけど」
あー、やっぱり見られてたか。これは正直、かなり恥ずかしい。
ホストがみっともない痴話げんかの末にビンタされる姿なんて、プライドが傷つくに決まっている。
「……余計なお世話」
素っ気なく答える。赤の他人に同情されるのは癪に障る。
ホストと客のいざこざなんてよくある話で、放っておいてくれればそれでいいのに。
すると突然、ひんやりとした手が俺の頬に当てられた。
「え……?」
「俺の手、冷たいから……まあ、気休め程度だけどな」
えっと……まさか、俺の頬を冷やしてくれてるのか?
効果のほどは疑問だけど……この人、もしかして天然なのか。
けれど確かに、じわっと熱を帯びてきた頬に触れる彼の手のひらはひんやりして心地いい。
こんな風に誰かに触れられることなんて、仕事以外ではほとんどないのに……不思議と嫌じゃなかった。
「……変わった奴」
思わず小さく呟いてしまう。
「ん? 何か言った?」
彼は聞き取れなかったのか、首を傾げる。
本当に変わった人だ。
普通なら、街中でビンタされているホストになんて関わりたくないだろうに。
俺はその冷たい手を、思わず掴んでしまった。
「さっきの見てたならさ、俺のこと酷い奴だって思った?」
「いや、思ってないけど」
彼はあっさりと答えた。嘘をついている様子もなく、本心から言っているように見える。
「女性の方が感情的になってたし……仕事関係のトラブルかなって」
「まあ、そんなとこかな」
「とにかく冷やさないと、せっかくの顔が腫れる」
せっかくの顔、か。商売道具でもある顔を気遣ってくれるなんて、意外だった。
「もしかして、俺の顔タイプとか?」
からかうように聞いてみる。
ちょっとこの人の反応を見てみたくなった。
「は? いや……イケメンだとは思うけど、別にタイプとか、そういうわけじゃねぇし……」
てゆーか、あんただって十分イケメンじゃん。
爽やかで真面目で……でもちょっといじめたくなるような雰囲気もある。
俺が女にモテるなら、こいつは男にモテそうだ。
なんとなく、もう少し話してみたくなった。
いつもならとっとと帰りたいと思うのに、こんな気持ちになるのは珍しい。
「そうだ、今から飲みに行かない? これも何かの縁だし。俺、奢るから」
自分でも驚くような提案をしていた。
「え……ホストだよな? なんかちょっと怖いんだけど」
やっぱり警戒された。まあ当然だろう。ホストという職業にいいイメージを持ってない人も多い。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃん。雰囲気のいいバーがあるから行こう?」
「そういうのは、女の子にしろよな」
きっぱりと断ろうとするあたり、やっぱり真面目そうだ。
「いや、君に興味があるから誘ってるんだけど。俺、女の子は客で十分、お腹一杯だから」
これは本音だった。
この人のことは気になるし、仕事以外で女の子と関わるのはリスクが大きすぎる。
「……そういう考えだから、さっきみたいなことになるんじゃね?」
図星を突かれて、思わず苦笑してしまった。
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