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第3話 正反対の世界にいる二人

薄暗い照明と木目のカウンター。静かなジャズが流れる、落ち着いた空気のバー。 俺はいつもの定位置に腰を下ろすと、彼も素直に隣に座った。慣れない様子で少し居心地悪そうにしているのが、逆に新鮮で目を引く。 「そうだ、俺カイトって言うんだけど。名前は?」 改めて切り出さなきゃ、この先の会話が続かない。 「陸」 「陸、ね。いい名前じゃん。会社員? 何してんの?」 「ああ、法務部」 法務部か、真面目で責任感が強そうだな。 俺とは正反対の世界にいる人間だ。 「うわぁ、なんか久しぶりに“普通の人”と話してる気がする」 「……なんだよそれ」 苦笑する陸。だけど俺の言葉は本音だ。 ホストをやってると昼間の世界から切り離されてしまう。昔の友人とも疎遠になるし、話も合わなくなっていく。 「こうやって普通に飲むのも悪くないな」 「俺はホストと話したのは初めてだけどね」 「俺だってさ、女にぶたれるとこ見られて、そのあと頬冷やしてくれる奴に会ったのは初めてだし」 「いや、あれは……咄嗟にやっただけだし」 照れてる。可愛い奴だな。 「ありがとな。そうだ、陸って普段、あんまり人と飲んだりしない?」 「……そうだな」 少し視線を落とす彼。俺の心臓が、少しだけ跳ねた。 こんな反応、久しぶりだ。いや、仕事以外では初めてかもしれない。 「へぇ、意外だな。会社員だったら、なんか接待とか飲み会とか多いんじゃないの?」 「まあ、飲み会も無くはないけど。法務だから接待はないかな。契約書読んで、会社を守るのが仕事だし」 なるほどね。昼間はきっと、俺みたいに軽い話ばかりしてる相手はいないんだろうな。 「じゃあ今夜くらい、仕事のこと忘れて飲もうよ」 「……わかった」 短く返すその声に、ほんのり緊張感が混ざっているのが分かる。 さっきまでは冷静で真面目な顔しか見せなかったのに、少しだけ防御を解いたような感じだ。 「俺、あんまり酒強くないんだよな」 陸は微かに肩をすくめ、少しだけ視線を逸らす。その仕草が妙に初々しくて、思わず笑みが浮かぶ。 「そっか、じゃあこの店で飲みやすいお酒、教えてあげるよ」 俺はバーテンダーに軽く目線を送る。常連だから、すぐに察してくれるだろう。 二人でグラスを手に軽く乾杯した。 「ふっ……陸の手、今は熱いな」 軽くからかうつもりで、その手を掴んで指を絡める。途端に陸の手が震えた。 「は……ちょ、お前……!」 慌てる様子が面白くて、俺は堪えきれず笑みを浮かべた。 「陸って、ゲイ?」 「……いや、そんなこと……」 「バレバレじゃん」 素直で、反応が分かりやすい。 いじめたらどんな顔をするんだろう。そしてたまに甘やかしてやったら……もっと面白いに違いない。 「なぁ、俺とお前、フリーだろ。だったらさ、付き合ってみない?」 半分冗談、半分本気で言ったけど、陸は真面目な顔で小さく眉をひそめる。 「いや、笑えないって」 困惑してる。でも完全に拒絶してるわけじゃない。 「本気なんだけど」 「あのさ、カイトはホストだし、モテるんだろ? 普通に彼女作ればいいじゃん」 「俺、女の子にはあんまり興味ないんだよ」 これは真実だ。仕事で十分すぎるほど女と関わっている。 「ふうん……そうなんだ」 返事は棒読み。まるで信じていない。 「陸だってモテるんだろ? 毎回断るの面倒じゃない?」 「んー、まぁ……そうかな」 やっぱりモテるんだ。爽やかだし優しそうだもんな、納得だ。 この辺りで、俺は気づき始めていた。 これは単なる暇つぶしじゃない。陸と話していると、不思議と心が軽くなる。仕事のことも、面倒な人間関係のことも忘れられる。 「だったら都合いいだろ。お互い面倒な誘いも減るし、寂しくない」 我ながらいい提案だと思う。でも内心では、もっと陸と時間を過ごしたいという気持ちが強かった。 「それはそうかもしれないけど、俺はカイトとそういう関係にはならねぇから」 頑固だなぁ。でもそこがまた魅力的だ。 簡単に落ちない男の方が、攻略しがいがある。 俺はその横顔を見つめながら、心の中で計画を練り始めていた。

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