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第4話 甘い誘惑

「……なんか眠くなってきた……」 グラス片手に、陸がぽつりと呟く。 沢山飲んでたから酒が回り始めたかな。 陸の頬がうっすらと赤くなってきてる。俺はその頬に軽く手を当てた。 「熱いじゃん……今度は俺が冷やしてやるよ」 「ん……」 酒でふわふわしてるのか、陸の表情が緩んでいる。 俺の他にも、こんな顔見せたりしたのかな。 それを思うと、俺の胸の奥がざわっと熱くなる。 「……なあ、陸」 名前を呼ぶと、彼は少し驚いた顔で俺を見返した。 「なに……?」 「せっかく仲良くなったのに、このまま別れちゃうのってもったいなくない?」 少しだけ距離を詰める。彼の表情がよく見えるくらいの距離だ。陸の目が一瞬、戸惑いで揺れた。 「え、何だよそれ……」 困惑してるけど、嫌がってるわけじゃない。 俺はにやにやしながら、陸の反応を観察する。視線が泳いでいるのが面白い。 「陸、結構酔ってるだろ? 俺んち、ここからすぐ近くだから休んでいけよ」 陸はぼんやりした目で俺を見上げる。 「……いいのか……?」 「もちろん。でも、ひとつ条件があって――」 「条件……?」 耳元に顔を近づけて、ちょっと悪戯っぽく囁く。 「面白い契約があるんだけど、してみない?」 「……契約って、どんな?」 「恋人契約」 陸はぱちりと目を見開く。酔いが少し醒めたみたいだ。 「……は? 恋人契約ってなんだよ」 「さっきも言ったけど、お互い忙しいし、面倒な誘いも多いじゃん? だから形だけでも恋人がいることにしちゃえば楽」 陸は考え込むような顔をする。意外と真面目に検討してる。 「契約内容は簡単。お互いが必要な時に恋人のフリをする。面倒な誘いは断れるし、一人の時も寂しくない。悪くない取引だろ?」 陸は顔を赤くしながら、じっと俺を見つめる。 「まあ……たしかに。でも、なんで俺なんだよ」 小さな声で呟く陸。でももう完全に拒絶モードじゃない。 「だって、お前みたいな奴初めて会った。話してても面白いし、仲良くやれそうだからさ」 「よく分かんねぇけど、それなら……まあ、いっか」 その一言で、俺の心臓が大きく跳ねた。 やった。でも同時に、なんだか緊張もしてきた。陸と過ごす時間が楽しみで仕方ない。 「でも……俺、こういうの慣れてねぇからな」 不安そうな顔をする陸。その表情がまた可愛くて、守ってあげたくなる。 「大丈夫だって。俺が全部リードするから、陸は流れに任せてればいい」 「俺の方が年上だし。そういう問題じゃねぇんだけど……」 困った顔をする陸に、思わず笑ってしまう。 「年齢は関係ないだろ。心配しすぎ。楽しくやろうよ」 俺がそう言うと、陸も少し表情を和らげた。 「変な奴」 「お互い様な」 そんな風に言い合いながら、俺たちは自然と笑顔になっていた。 「よし、今夜から俺たちは契約恋人だな」 「契約恋人……か」 陸がその言葉を確認するように呟く。 俺はスマホを確認して、テーブルに置いた。 「じゃあ、陸は俺と付き合うってことでいいよな?」 「……ああ、いいよ」 「俺の恋人だからな?」 「……うん、わかった。恋人な」 俺はそんな陸を見つめながら、この“恋人ごっこ”がいつの間にか本物になればいいのに、と思った。

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