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第7話 証拠と現実

そして── いつもは、目が覚めたらベッドには俺一人。恋人なんかいないし、客やその辺の女の子をお持ち帰りしたこともない。 ……でも今日は違う。 「おはよう、陸」 俺は満足そうに声をかけた。 「え? えーと……カイト?」 陸は寝ぼけ眼でこちらを見ている。 髪がぼさぼさで、まだ完全に意識が戻っていないようだ。寝起きの陸、可愛いな。 「良かった、覚えてたな。もし忘れてたらどうしようかと思った」 実際、ちょっと心配だったんだ。昨夜の陸はかなり酔ってたからな。 「あのさ……なんで俺、昨日知り合ったばかりのカイトのベッドで裸なわけ……?」 陸は恐る恐るといった感じで聞いてくる。 「覚えてないのかよ。俺たち、恋人同士になったんだよ」 俺は事もなげに言った。 「は? 恋人同士……? ちょ、まて、意味わからねぇんだけど……!」 予想通りの反応だ。陸は完全に混乱している。その慌てぶりが可愛い。 「陸が俺と“付き合う”って言ったんだよ」 「いや、言ってねーし!」 そう言われると思った。 俺はスマホを取り出して、再生ボタンを押す。 『じゃあ、陸は俺と付き合うってことでいいよな?』 『……ああ。いいよ』 『俺の恋人だからな?』 『……うん、わかった。恋人な』 昨日しっかり録音した内容だ。 「は……?」 陸は愕然としている。“付き合う”“恋人”二つの言葉に驚いたのか、口に手を当てて首を横に振っている。 「違う、これは……言ってない!」 「いや言ってるし。ちゃんとした証拠じゃん」 俺は得意げに言った。 「ちょ、ちょっと待て! これは明らかに酔ってる状態での発言だろ! 意思能力が欠けてる場合の契約なんて、無効だって……!」 陸は必死に声を張り上げる。 さすが法務部、言い回しが完全に法律用語だ。真面目なところも可愛いな。 俺は笑いをこらえながら、わざと大げさに頷いてやった。 「へぇ……じゃあ陸は全部“なかったこと”にしたいんだ?」 「ち、違う! そうじゃなくて、これはそもそも契約の成立が——」 「じゃあいいよ。契約じゃなくて、“約束”ってことで」 「いや、用語変えても意味は——」 俺はぐっと顔を近づけ、耳元に息をかけるように囁いた。 「ちなみにさ。陸が“彼女側”の証拠も、ちゃんと動画でも残ってるけど……見る?」 「は!? 見ねえよ! ていうか、そんなの不可抗力だし、無効だろ!」 「無効じゃないって。俺、無理やりしたわけじゃないし」 確かに、ちょっと強めの酒は飲ませた。 けど――昨夜、陸が素直に答えてくれたのは、酒のせいだけじゃないと俺は思ってる。 「証拠は山ほどあるってこと。逃げらんねーぞ?」 「そんな……」 ベッドから距離を取ろうと後ずさるその姿が、余計に焦ってるのを物語っている。 俺は肩をすくめて、ゆっくり近付く。 「……でもさ。意思能力がなかったわりには、俺の名前、ちゃんと呼んでたよな?」 「なっ……!」 陸の顔が一気に赤くなる。その反応が可愛すぎて、もっとからかいたくなる。 「俺のこと抱きしめて、“カイト……“って甘い声で。あれも不可抗力?」 「は?!」 「可愛く喘いで俺のこと求めてたのも、全部無効?」 「ちょ、やめろ! そういうの言うな!」 陸が耳まで真っ赤にして両手で顔を覆った瞬間、俺はそっとその手を取って下ろさせた。 「ダメダメ、隠すなよ。……ちゃんと顔見せろ」 驚いて目を見開いた陸に、にやりと笑いかける。 「陸はもう俺の“彼女”なんだから」 「俺が“彼女”とか……ふざけんな」 「ふざけてない。……ほら、可愛い彼女さん。こっちおいで」 陸の肩が小刻みに震えている。怒っているのか照れなのかはわからないけど、その姿がまた可愛くて、思わず口元がゆるんだ。 「おはようのキスとかする?」 「話聞けよ! するわけないだろ、なに言っ……んッ!?」 不意打ちのキスで黙らせてやって、一旦唇を離してからもう一回。 「……っ、お……おまえさぁ、」 「かーわいい、照れちゃって。恋人なんだからいいだろ」 俺は当然といった顔で言った。 「よくねーから!」 「昨日もいっぱいしたじゃん」 「してねぇ……!」 必死に否定する陸。でもその頬の赤さが全てを物語ってる。 「した。証拠動画見る?」 「だから見ねぇよ!」 本当に、こいつ面白い。いじめ甲斐がある。 「もう……なんでこうなったんだよ」 項垂れている陸の頭をそっと撫でてやると、ビクッと肩を震わせてから俺を睨んでくる。その反応がまた可愛い。 「頭撫でられるの嫌い?」 「べ、別に嫌いじゃねえけどさ……!」 「じゃあもうちょっと」 そう言って続けて撫でると、陸は観念したように大人しくなった。 「あ、そうだ。陸って朝はご飯かパンどっち派? コーヒーは飲む?」 「なんでそんなに落ち着いてんだ、お前……」 「なんか楽しいんだよ。俺、ずっと恋人いなかったから」 これは本音だった。こんなにワクワクするのは久しぶりだ。 「遊び相手、の間違いじゃねえの……」 小さく呟く陸。 「遊びじゃないよ」 俺のその言葉に、陸の目が大きく見開かれた。

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