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第8話 拒否権なし
慌ててベッドから立ち上がろうとした陸が、シーツに足を取られて転びそうになる。
「おっと」
咄嗟に腕を掴んで支えた。途端に陸の鼓動が伝わってくる。……逃げたいのか、俺を意識してるのか。
「落ち着けよ。逃げなくていいから」
「逃げてない!」
声が裏返ってる。必死に否定するその姿は、素直じゃなくて、陸らしい。
「そんなに慌てなくても、もうお前は俺のものなんだから」
「だから俺は物じゃねーし」
そう言いつつも、離れようとしない。強がりながらも寄り添ってくる、その不器用さが胸に刺さる。
「じゃあ何? 俺の恋人?」
「……それも違う」
「彼女?」
「男なのに彼女って変だろ……」
屁理屈で抵抗してくるのが可笑しくて、俺は余裕の笑みを浮かべる。
「じゃあ何て呼ばれたい? 俺の大事な人?」
「……そういうの言うな!」
赤くなった顔。やっぱり隠せないんだな。
「昨日だって、すごく俺を求めてただろ」
「昨日のことは覚えてない!」
「嘘つけ。ちゃんと覚えてるくせに」
陸の頬に手を添えると、一瞬で力が抜ける。
「ほら、やっぱり覚えてる。俺の手を握って、離さないでって言ったじゃん」
「……言ってない」
「言った。それに、もっと色々お願いしてただろ」
「っ、やめろ!」
手を振り払おうとして、逆に俺に捕まる。
「陸、お前さ。本当は俺のこと嫌いじゃないだろ?」
「……知らねぇ」
「知らねぇって何だよ。好きか嫌いかぐらい分かるだろ」
俺はゆっくり顔を近づけ、視線を重ねる。
「俺は陸のこと好きだよ。昨日の夜で確信した」
「……確信って何だよ」
「お前、俺の腕の中で本当に安心した顔してた。あんな表情、他の誰にも見せてないはずだ」
陸は目を逸らす。認めたくないんだろう。でも俺には分かってる。
「それは……酔ってたから」
「じゃあ今は?」
顎を持ち上げ、逃げ場を塞ぐ。
「今も俺と一緒にいて、嫌じゃないだろ?」
「……」
答えられない沈黙。だけど、その表情が全てを語っている。
「返事は?」
「……べつに、嫌じゃない……」
その小さな声に、思わず笑みがこぼれる。
「よし。じゃあこれからも俺と一緒にいような」
「勝手に決めるな」
抗議を無視して、陸の手を引いて立たせる。
「とりあえず服着ろよ。このままじゃ風邪引くぞ」
「……うん」
素直に頷いた陸に、胸が熱くなる。
シャツを持ってきて、袖を通すのを手伝う。手を焼かされながらも、無防備に任せてくるところが愛おしい。
「陸、今日は日曜だし、一緒に過ごそうぜ」
「……俺に拒否権は?」
「ないよ。お前はもう俺の恋人なんだから、俺と一緒にいるのが仕事」
俺の一方的な言葉に、陸はまたため息をつく。だけど怒ってはいない。
むしろ、どこか安心した顔をしている。
「分かったよ……」
その声を聞いて、俺は自然に笑ってしまった。
これが、俺と陸の新しい日常の始まりだ。
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