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第12話 酔いに揺れる心と体

それから数日後のことだった。職場の後輩から飲みに誘われて、断る理由もなかったから参加した。 『後輩に誘われて、飲みに行くから』 カイトにはメッセージを送る。 居酒屋の席で、後輩の村上が妙に俺の隣に座りたがった。最初は気にも留めなかったが、だんだん違和感を覚え始める。 「先輩、今日は飲みが進みますね」 「そう? 普通だと思うけど」 でも確かに、いつもより酔いが回るのが早い気がする。途中でウーロン茶に変えたはずなのに、頭がぼんやりしてきた。 「村上、俺……間違えて酒飲んだ?」 村上は笑っているけれど、その笑顔がどこか不自然だった。 「ちょっと、気分悪い……」 「大丈夫ですか? 先輩、お手洗い行きます?」 立ち上がろうとしたら、足がふらついた。村上が俺の腰に手を回して支える。 「ありがと……でも、家帰る」 「じゃあ送りますよ。一人じゃ危険です」 意識がはっきりしない中、なんとなく違和感を覚えた。でも考える力が働かない。 タクシーの中で、村上が妙に俺に近づいてくる。 「ずっと思ってたんですけど……先輩ってゲイでしょ? 俺もなんでわかります」 「……え?」 「陸先輩、俺の好みなんですよね……」 「は……? 何言ってるんだよ」 気持ち悪い。 カイトはこんなんじゃない。あいつならもっと自然で、もっと…… って、なんでカイトと比較してるんだ、俺は。 「先輩の家、着きましたよ」 タクシーを降りて、マンションの前に立つ。鍵を出そうとするけれど、手が震えてうまく開けられない。 「手伝いますよ」 村上が俺の手に触れる。その瞬間、ぞっとした。 「大丈夫、一人でできる」 「でも先輩、ふらついてますよ。部屋まで送らせてください」 「いや、本当に大丈夫だから……」 そう言いながらも、足がガクガクして倒れそうになる。 村上に支えられながら、なんとか部屋の前まで辿り着いた。 「ありがと、村上。もう大丈夫だから」 「いえいえ、最後まで責任持ちますよ」 村上が俺の肩に手を置く。その手が妙にべたべたしていて気持ち悪い。 「先輩……今夜は一人じゃ心配です」 その時、エレベーターの音が聞こえた。誰か上がってくる。 「陸!」 聞き慣れた声。振り返ると、カイトが険しい顔でこちらに向かってきた。 「カイト……? なんで……」 「心配になって来たんだよ。お前、大丈夫か?」 カイトは俺の状態を一瞥すると、村上を睨みつけた。 「あんた、陸に何した?」 カイトの声は低く、怒気を含んでいた。こんなに怖いカイトは初めて見る。 「陸、こいつと何してた?」 「飲み会で……でも、なんか変で……」 「変って?」 カイトが俺の顔を覗き込む。瞳が心配そうに揺れていた。 「意識が……はっきりしなくて……」 その瞬間、カイトの表情が一変した。村上を見る目が、殺気立っていた。 「おい、お前陸に何を飲ませた?」 「え、普通のお酒ですよ。先輩が勝手に酔っただけで」 「嘘つくな」 カイトが村上の胸ぐらを掴む。 「ちょ、ちょっと……暴力はやめてください」 村上の顔が青ざめる。その表情を見て、俺はようやく理解した。あの違和感の正体を。 「帰れ」 低く冷たいカイトの声が響いた瞬間、村上が慌てて階段を駆け下りていった。 ドアが閉まる音がして、静けさが戻る。 その途端、カイトの腕が俺を強く抱きしめた。 「陸……」 耳元で呼ばれた名前に、身体が震える。 さっきまでの恐怖がまだ残っていて、思わず小さく呟いていた。 「怖かった……」 カイトの大きな手が髪を撫でてくれる。 そのぬくもりに、張り詰めていた心が少しずつほどけていく。 「もう大丈夫だから」 そう言って、顔を上げさせられる。次の瞬間、唇が重なった。最初は優しく、それから深く。 「ん……カイト……」 息が詰まるほど近い距離で、彼の熱が伝わってくる。 「俺、陸がいない生活なんて考えられない。今日みたいなこと、二度と起きてほしくない」 その言葉に胸がぎゅっと締めつけられる。 抱きしめる腕の力が、冗談じゃないと教えてくる。 「カイト……」 「陸が好きなんだ」 まっすぐに見つめてくる瞳。俺の目が熱くなって、思わず言葉がこぼれる。 「俺も……カイトのこと……嫌いじゃない」 情けない答えかもしれないけど、精一杯の本音だった。 カイトは優しく笑って、もう一度深くキスをしてきた。 その温かさに、俺もそっと腕を回す。 ――もう、離れられない。

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