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第16話 恋人ごっこに潜む本音

一日の仕事を終えてホッとしたところで、背後から声をかけられた。 「陸、お疲れ様」 「お疲れ様」 「なあ、この後ちょっと飲みに行かない?」 ただの同僚の誘い。なのに一瞬、返事に詰まった。カイトの顔が浮かんだからだ。 「今日、少し話を聞いてほしくてさ。陸なら相談できるかなって思ったんだ」 真剣そうな目に、断りづらくなる。 その時、タイミング悪くスマホが震えた。カイトからだ。 『今日、早く帰れる?』 胸がぎゅっと締め付けられる。 朝の電話のことが蘇った。あの柔らかい声で、誰かと親しげに話していたカイト。 俺には全部報告しろって言うくせに、カイト自身は隠していることがある。 「……少しだけなら」 「ほんと? 助かるよ。ありがとな」 同僚と夜の街を歩きながら、心の中は落ち着かない。そんな時、少し離れたところで見慣れた後ろ姿を見つけた。 あれ、カイト? 間違いない。けど珍しいな、こんな時間に。 しかも隣には女の子がいた。 上品な白いワンピースにセミロングの髪。派手じゃなく、可憐で可愛い。 ――また店外デートか?でも今日は予定なんて聞いてない。 俺には報告を求めるくせに、自分は黙ってるのかよ。 しかも二人の距離が近い。カイトは客に必要以上に媚びないはずなのに……。 そう思った瞬間、カイトが女の子の頭を撫でた。 女の子は嬉しそうにカイトの腕にしがみつく。まるで、本当の恋人みたいに。 朝の会話がよみがえる。 『大事に思ってるって。お前のこと忘れた日なんてないよ』 ――あれは、この女の子に言った言葉だったのか。 俺なんて、ただの遊び相手で。 「おい、陸?どうした、ぼーっとして」 「え?あ、ごめん」 同僚に声をかけられ、慌てて前を向く。 「なんか顔色悪いぞ」 「気にするな」 「無理するなよ。やめとくか?」 「いや……飲もう。むしろ飲みたい気分」 店に着く頃には、胸の中はぐちゃぐちゃだった。個室に通され、仕事の愚痴を語りながら、俺は次々とグラスを空けていく。 「陸、今日ペース早いけど何かあった?」 曖昧に笑って誤魔化す。言えるわけがない。 「なあ……俺、陸のこと好きなんだ」 「は……?」 突然の告白に酔った頭が追いつかない。 「前からずっと。でも彼氏がいるって聞いて諦めてた。けど、最近のお前を見てると……うまくいってないんだろ?」 否定できなかった。さっき見た光景が頭をよぎる。 「今なら、奪えるんじゃないかって」 そう言って同僚が腕を引く。バランスを崩した俺は、そのまま胸に倒れ込んだ。 「まっ……」 待て、って言う前に唇を塞がれる。驚きで動けなかった。 「なに、するんだよ……!」 「好きだから。ずっと我慢してた」 首筋に口づけされ、ピリッと痛みが走った。 「っ……やめろって」 「陸……」 声は震えているのに、体に力が入らない。 頭の中で「ダメだ」と警鐘が鳴る。俺には、カイトが――。 ……でも。 あの女の子の隣で見せていた優しい顔を思い出すと、抵抗する気力がどんどん削がれていった。

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