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第17話 もう後戻りはできない

「本当に好きなんだ、陸」 同僚の声が耳元で響く。 「彼氏、君を大切にしてるの?」 「……わからない」 「わからないって?」 「あいつの仕事のこととか、よくわからねえ」 酔いが回って、普段なら絶対に言わないようなことを口にしてしまう。 「仕事って?」 「夜の……店で働いてる」 「ああ、そういうこと」 同僚は納得したような顔をした。 「それは大変だな。そういう仕事してる人って、プライベートとの境界が曖昧だったりするしね」 「そうなのかな……」 「きっとそうだよ。でも陸は真面目だから、一人で悩んじゃうタイプでしょ」 図星だった。最近ずっと、カイトのことを考えて悩んでばかりいる。 「俺なら、陸だけを見るよ」 その言葉が、今の俺には響いた。 カイトだけを見ていた俺だけど、カイトは本当に俺だけを見てくれているんだろうか。 結局、その後もずっと飲み続けて、気がついたら店を出ていた。 記憶が曖昧だけれど、同僚に支えられながら歩いていたのは覚えている。 「陸、今日のことはちゃんと考えてといて」 黙って頷く。同僚がマンション前まで送ってくれて、さよならした。 エレベーターを降りたら、俺の部屋の前に凭れてるシルエットが見えた。カイトだ。 「待ち伏せやめろって……」 「陸、今まで何してた?」 「同僚と飲んでた」 「その話、聞いてないけど」 「とりあえず部屋に入るから」 「待てって」 ぐいっと腕を引かれて、そのまま壁に押さえつけられた。腰を抱かれているから身動きが取れない。 「やめろって……誰か来る……」 「まだ話は終わってない……ちょっと、これは何?」 首筋にすっと指を沿わされる。 「っ……なんだよ、わからねえ」 「これ、跡が付いてるよな……まさか、キスマ?」 は? 跡? キスマ……って、もしかして、あの時…… 「……っ、あいつ…」 「あいつってなに、説明しろ」 耳元で冷たい声が響く。 「何してたんだよ、こんな跡つけられるようなこと……? 俺がいるのに、陸は……」 いやおかしいだろ、なんでカイトが怒るんだ? 「離せよ、お前だって……」 仕事とはいえ、客とデートしてたじゃないか。それに元カノか知らないけど、仲睦まじく…… 「俺が、何?」 「……なんで……なんだよ……」 「え?」 「結局、カイトの遊び相手なんじゃないのか、俺は」 「何言ってんだよ、本気だから」 本気って何……? 「嘘つくなよ、離せ」 「……陸」 「いいから、離せよ!」 きつく睨んで、戸惑っているカイトを押し返す。 カイトが立ち尽くしている間に、部屋に入って鍵を閉めた。 合鍵は渡しているから、鍵を閉める意味なんか無い。 でも、カイトから一瞬でも逃げたかった。 「……もう、知らねえ」 カイトは入ってこなかった。 それならそれでいい。帰ったのか、まだ部屋の前にいるのかわからない。 ソファーに腰を下ろして、ふーっと息を吐く。 今まで普通の恋愛を避けていたはずのカイトが、俺を好きだと言って、契約恋人とかって付き合い始めて。 ソファーに置かれたカイトの上着に手を伸ばす。 俺には他の相手と絡むなって言うくせに、自分は仕事だからって客とデート三昧で……。 手に持っていた、カイトの上着をぎゅっと抱きしめる。 カイトの匂いがする。この匂いが一番安心する。 俺は自分が思っているより、カイトのことが好きらしい。 でも、このまま拒絶してしまえば、カイトと付き合ったことはなかったことにできる。 酔っ払ってふざけただけで済ませられる。 そうすればあいつは俺に興味がなくなるはず。所詮、人の気持ちなんてそんなものだろう。 ただ、そうやって逃げても何も解決しない。 もう後戻りはできないところまで来ていて、手遅れだ。​​​​​​​​​​​​​​​​

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