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第25話 等身大の後悔
土曜日の午後、カイトが突然言い出した。
「陸、今日特別な場所連れてってやるよ」
「特別な場所ってなんだよ」
「秘密。とりあえず着替えろ」
「なんで俺が着替えないといけないんだよ」
「いいから着替えろって。ちゃんとした服な」
カイトが勝手にクローゼットを漁って、俺のシャツとジャケットを取り出す。
「それ、そんなにちゃんとした場所行くのか?」
「まあな」
結局、カイトに押し切られて着替えることになった。
電車を乗り継いで着いたのは、都心の高級レストラン街。
「おい、ここって……」
「予約取っといた」
確かに高そうなレストランだけど、なんかちょっとだけ居心地悪い。
「別にこんな場所じゃなくてもさぁ……」
「せっかく本物の恋人になったんだから、それらしいことしようと思って」
「いや、恋人らしいって、こういうことか?」
席に案内されてメニューを見る。値段が書いてない。これ、絶対高い。
「カイト、大丈夫なのか? 金額的に」
「ん? 心配すんなって。俺が払うから」
料理が運ばれてくるけど、緊張するし、正直味もよくわからない。
「どう?」
「……まあ」
「まあってなんだよ」
カイトの顔が微妙に曇る。
「陸、お前さ、もうちょっと喜べよな」
「別に嫌じゃないけど、普通のところでも良かったんじゃねぇの?」
「普通ってなんだよ。せっかく特別なことしようと思ったのに」
なんかカイトが不機嫌になってきた。
「だから、特別じゃなくていいって」
「何それ」
「だから……普通で十分だって」
カイトが箸を置く。
「また“普通”かよ。なあ陸、お前、俺の気持ちわかってないだろ」
「気持ちって何……」
「お前のために一生懸命考えてさ……」
「いや、別に頼んでねぇし」
その瞬間、カイトの表情がピシャリと固まった。
「……頼んでないってなんだよ」
「だって、カイトが勝手に決めたじゃん」
「それは、お前が喜ぶかと思って」
「俺は別に、こういうの求めてないって」
しばらく沈黙が続く。周りの雰囲気と合わない重い空気。
「……そうか」
カイトがため息をつく。
「俺の勘違いだった」
「カイト……」
「いいよ、早く食おう」
それから最後まで、ほとんど会話がなかった。
帰り道、カイトが少し先を歩いてる。いつもなら手を繋ごうとするのに、今日は距離を置いてる。
「……カイト」
「何?」
「怒ってるのか?」
「別に怒ってないよ」
俺のマンションに着いても、カイトは上がろうとしない。
「上がんねぇの?」
「あぁ、今日は帰る」
「え、なんで?」
「……別に。お前も疲れてるだろ? ゆっくり休めよ。じゃあな」
そう言ってカイトは去っていった。
部屋に入り、カイトがいなくなった玄関をしばらく見つめていた。静かすぎて、やけに広く感じる。
ソファーに座ってスマホをいじってみるけど、何も通知が来ない。
……いや、当たり前だ。さっきあんな言い方したんだから。
俺、バカだよな。
カイトはちゃんと俺のこと考えてくれてたのに、「普通でいい」なんて言葉で、全部ぶっ壊した気がする。
本当は、どんな場所でもカイトと一緒なら楽しいのに。
高級とか特別とか、そういうのじゃなくて
俺は、ただカイトの隣で――
「……伝え方、下手すぎだろ、俺」
ため息をつきながら、スマホを開く。
カイトからのメッセージは、来ていない。
勇気を出して、短く打ち込む。
『今日はありがとう』
送信ボタンを押したあと、後悔した。
本当は「ごめん」って言いたかったのに。
指が勝手に動いて、素直な言葉はいつも出てこない。
返事は来ないまま、夜が更けていく。
窓の外の灯りが滲んで見えるのは、気のせいだと思いたい。
――明日、ちゃんと話そう。
「カイト、ごめん……」
誰もいない部屋で小さく呟いた。
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