26 / 30
第26話 俺様彼氏とツンデレ彼女(男)
翌日。
昼を過ぎても、カイトからの返信はなかった。
……本気で怒ってるな、これ。
スマホを何度も見返しては、ため息。
メッセージ履歴の最後に残る「今日はありがとう」が、今さらながら情けない。
「お疲れ。ボーッとしてるじゃん。大丈夫か?」
同僚の高橋が心配そうに声をかけてくる。
「別に、普通だけど」
「全然普通じゃないって。何、恋人と喧嘩でもした?」
「……まあ、そんなところ」
認めたくないけど、喧嘩なのかもしれない。
「喧嘩の原因は?」
高橋がコーヒーを持ってきて、俺の隣に座る。
「恋人が俺のためにって、高級レストラン予約してくれたんだけど……俺、そういうの求めてないって言っちゃって」
「あー、それは相手が可哀想だな」
……やっぱりそうか。
「お前のために頑張って予約取ったのに、求めてないって言われたら傷つくでしょ」
「でも、俺は本当にそういうの……」
「それは伝え方の問題じゃない? 『ありがとう、でも普通のところの方が落ち着く』とか、言い方があるじゃん」
言われてみれば、そうかもしれない。
「俺、伝えるの下手だからさ」
「素直じゃないもんな、陸は」
「素直って何だよ」
「感謝の気持ちとか、素直に言えばいいのに。意地張っちゃうところあるじゃん」
図星を突かれて、何も言えなくなる。
「ちゃんと歩み寄らないと、このまま終わっちゃうかもよ」
高橋の言葉が胸に刺さる。
このまま終わるなんて、嫌だ。
仕事が終わるなり居ても立ってもいられなくなって、カイトの店へ向かった。
店の前に着くと、ちょうどカイトがスタッフと話していた。
「……カイト」
声をかけると、カイトが振り向いた。
一瞬だけ目を見開いたけど、すぐにいつもの調子で笑う。
「あれ、陸? どうしたんだよ」
その“いつもの笑顔”が、なんか逆に痛い。
無理してるの、わかるから。
「ちょっと……話、できるか?」
スタッフが気を利かせて奥に引っ込んでくれた。
カイトは腕を組んで、壁にもたれながら俺を見る。
「で……話って、何?」
「昨日のこと、怒ってるんだろ」
「怒ってないって言っただろ」
「でも……」
「まあ、ちょっとショックだったのは事実だけどな。俺なりに頑張ったつもりだったし」
その言い方がいつもより少し静かで、胸がチクッとする。
「……悪かった」
「ん?」
「昨日、冷たく言って。別に嫌だったわけじゃないんだ。ただ……慣れてなくて。ああいう場所」
カイトの目が少しだけ丸くなる。
「慣れてないって……高級レストラン?」
「そう。なんか落ち着かなくてさ。変な言い方になった」
「変な言い方どころか、“別に頼んでねぇし”って言っただろ」
「……それは、言葉の選び方を間違えた」
思い出すとマジで恥ずかしい。
あれは確実に地雷ワードだった。
「俺、高級なところより、普通に二人でいる方が好きなんだよ」
「普通にって?」
素直に言葉を出すのは、思ってた以上に難しい。
でも、もう逃げたくなかった。
「家で一緒にテレビ見たり、散歩とか」
カイトがふっと笑った。
「お前らしいな」
「らしいって何だよ」
「地味なところが」
ムカつくけど、嫌な言い方じゃない。
「今度からは、お前の好みも聞いてから決めるよ」
「別に、カイトの好きにしてもいいけど」
「いや、ちゃんと聞く」
カイトが俺の頭をポンポン叩く。
「……カイトが俺のために考えてくれたのも、ちゃんと分かってる」
「へえ。じゃあ、ちゃんと“嬉しかった”って言ってみ?」
「は?」
カイトがニヤッと笑って、俺の顔を覗き込む。
なんでそこで茶化すんだよ、ほんと。
「……嬉しかった」
「声が小さいな」
「……は?! ちゃんと言っただろ!」
顔が熱い。多分、耳まで真っ赤だ。
「陸は可愛いな、ほんと」
悔しい。けど、素直になれ……俺。
「……カイト、嬉しかったよ。ありがとう」
「よし、合格」
カイトが満足そうに笑って、俺の頭を軽く撫でる。
「次はもっと、気楽なとこ行こ。ファミレスとか、映画とか」
「……最初からそうしろよ」
「だって特別なデートにしたかったんだよ」
その言葉に、思わず笑ってしまう。
ほんと、こいつには敵わない。
ともだちにシェアしよう!

