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第2話

        *  リューゼバルド国は温暖な気候に恵まれた、海沿いの緑豊かな国だ。三年前に即位した若き名君リューゼバルド八世の統治の下、民は皆平穏に、幸せに暮らしている。  近隣諸国から『鳥の国』として認知されるほど、様々な種類の鳥が生息するこの国だが、中でも特異なのが『お守り鳥』と呼ばれる鳥である。  お守り鳥はその名のとおり、人間にとってお守りとなる鳥だ。国史の初めから国民に寄り添い助けてきたとされるその鳥は、鳥類としては大型で、人と同程度かそれ以上の知能がある。姿が鳥であるというだけで、人語を話し、感情も人と同様に持っている。  そしてその役目は人の話し相手になることだけではない。主人となった人間を守るために、お守り鳥はそれぞれ固有の特殊能力を存分に発揮する。ある鳥は火を吐き敵を撃退し、ある鳥は氷の壁を作り主人の身を守る、といった具合である。  加えて、なんといってもその鳥の一番の特徴は変身能力にある。主人と心を通わせ情緒面で成長した鳥は、さらに主人の役に立つべく人の姿になることができるのだ。  変身したお守り鳥は主人の無二の相棒となり、家族同然に大切にされる。鳥姿の美しさそのままに人姿も見目麗しく、主人と恋仲になり体の契りを交わし、人同士のパートナーと同様に生涯をともにする者も多い。寿命も人とほぼ同じなのは、神が人間の同伴者として贈った生き物だからかもしれない。  主人を心から愛し、生涯忠誠心を持って尽くす不思議な能力を持った鳥。よいお守り鳥を得た人間は一生の宝を得たも同じ、と言い伝えられている、まさに幸運の鳥なのである。  マルもお守り鳥である。人の言葉を話せるし、もちろん感情もある。だがマルの場合、その姿はほかのお守り鳥たちとはまったく異なっていた。  通常のお守り鳥は皆長い首と細い脚を持ち、すらりとした体形で羽色も鮮やかだ。体長は成人男性の胸の高さほどあるが、マルはその五分の一もない。  真ん丸の体には小さな翼と申し訳程度の尾羽がついているが、正面から見るとふわふわの毛が生えた白い雪玉にしか見えない。翼を広げても飛ぶことはできず、よちよちと歩きながら移動する姿はまるで別の星の生き物のようだ。  あまりにもお守り鳥らしくない姿形のマルが、一体どこから来たどんな素性の鳥なのかはまったくわかっていない。国の北方に広がる深い森の奥に捨てられて泣いていた赤ちゃん鳥のマルを、拾って育ててくれたお守り鳥店の店主のダンも、最初は鳥だとは思わなかったほどだ。長年鳥を見続けてきた彼も、マルのような変種は初めてだという。  常にそばに置き連れ歩くお守り鳥は、より美しい鳥が望まれる。またその能力も、優れたものに人気が集まるのは当然だ。  美しさという面から見ると、マルは愛嬌はあるが不格好だし、飛べないという大きな欠点もある。加えて能力ときたら、体に触れた人をほんのりと幸せな気持ちにさせるささやかな癒しの力のみ。  来店する客もマルを見ると一瞬ギョッとした顔になり、遠巻きにチラチラ様子を窺ってくるくらい。いかにも得体の知れない怪しい鳥を、相棒として手元に置きたい人間などいるはずがない。  それゆえ、マルはダンの店では売れ残りのみそっかすだ。ダンに拾われてから十八年間、マルを欲しいと言ってくれた人は誰一人いなかった。  けれど、マルは落ちこんだりいじけたりはしていない。いつもニコニコ笑顔で、店の手伝いや仲間たちのサポートをがんばっている。  力もなく動作はのろくても少しでも皆の役に立てれば嬉しいし、神様はそんな自分のことをちゃんと見ていてくれて、いつかきっとごほうびをくださるに違いないと信じている。  だからマルの毎日は、楽しみと感謝でいっぱいだ。  それに、みそっかすのマルにも夢はある。一つ目は素敵なご主人様と出会い、その方に一生お仕えすること。そして二つ目は、いっぱいに翼を広げて大空に飛び立つことだ。  悲しいことやつらいことがあったとき、マルは空を見上げる。真っ青な空を見ていると丸い体が軽い鞠のように弾みどんどん浮かんでいきそうな気持ちになれて、いつのまにか笑顔に戻っているのだ。  いつかきっとやってくるあの青空へと飛び立つ日、一体どこへ向かって飛ぶのだろう。  気持ちのいい風を受けて一直線に空を突っ切っていく自分の晴れ姿と、それを地上で見守ってくれているまだ見ぬご主人様の姿を想像しながら、マルは今日も店の手伝いに精を出す。         *  お使いの途中、まるで太陽と月のようなとても存在感のある二人組に出会ってから、もう三日が過ぎた。マルの嬉しい気持ちはあれからずっと続いている。  マルのことを気味悪がらずにじっと見て、『愛らしい』『面白い』とたくさんほめてくれた人の、優しい眼差しが忘れられない。瞳を閉じると澄んだ声まであのときのままに聞こえてくる気がして、あれ以来マルはドキドキそわそわとしっぱなしだ。 (とてもお綺麗だったけど、ちょっと変わった旦那様だったな……)  少し怖そうな黒服の人との軽妙な掛け合いを思い出すと、うふふと思わず笑いがこみ上げてくる。あの眩しい光のような人のおかげで、マルはこの三日間自分に自信が持てている感じだ。  彼のように、自分を『愛らしい』と思ってくれる人も世の中にはいる。だからもしかしたら、いつか一つ目の夢が叶うかもしれない。運命のご主人様が店に現れて、マルをくださいと言ってくれる、そんな夢が……。 「マルー! ちょっと来て!」  店のほうから仲間の呼ぶ声が届いてきた。ほわんとなりながら、庭の木の実を啄んで収穫していたマルは「あい!」と元気よく返事をしてあたふたと店に向かう。  マルが暮らす『ダンの店』は、国中のお守り鳥の店の中でも名の知れた大店だ。還暦を過ぎてまだまだ元気な恰幅のいい主人のダンは鳥が大好きで、仲間たちもマルもとても大切にされている。  店内は広く、本物の木をふんだんに使って作られた森のような空間に、常に十数羽の鳥たちが暮らしている。客はそこで自然いっぱいの雰囲気を楽しみながら鳥たちと会話をし、気に入った者を自分のお守り鳥として買っていくのである。  もっとも、マルが店に出ることはめったにない。その珍妙な見た目に客が引いてしまうことも多いので、もっぱら人目につかない場所で下働きをしているのが常だった。  それでももちろん、マルに不満はまったくない。自分を拾って育ててくれた優しいダンを、マルは『お父さん』と呼んで慕っている。仲間の鳥たちは皆我が強いし、マルにいろいろ用事を言いつけたりするけれど、意地悪をするような者はいない。とても居心地がよく、日々感謝している。  仲間が買われていくときは少し寂しいが、心から嬉しい。ご主人様となった客とともに店を卒業していく仲間の晴れ姿を、マルは涙をこらえ笑顔で見送ることにしている。  これまで何羽の仲間を、そうして見送ってきたことだろう。自分の番はまだ来ないけれど、いつかきっと、とマルは信じている。 「マル、早くぅ!」 「あいあい!」  どんなに急いでもよちよちとしか動けないマルが、あわてて店に駆けこむと、 「羽を繕って!」 「次は僕だよ! 早くしてね!」  と、あちこちから声がかかった。  マルは首を傾げる。なんだか様子が変だ。皆浮き足立ち一羽残らず立ち上がって、長い首を伸ばしたり鮮やかな羽を広げたりしてポーズを取っている。  これはきっと、すごく大切なお客様が来店されるという情報が入ったに違いない。  最初に呼んだ仲間の背によいしょと乗っかり、小さなくちばしで羽を整えてあげながら、マルの胸も高鳴ってくる。 「あの、どなたかいらっしゃるのですか?」 「ルーカス殿下だよ! お忍びで急遽寄られるんだって」 「ルーカス殿下?」 「やだ~、まさか知らないのっ?」 「マルってば、ホントに世間知らずなんだからっ」  周りの仲間たちが興奮気味に次々と口を開く。 「ルーカス様といえば国王陛下の弟君じゃない! ほら、騎士団長様の!」 「国一番の剣士様で、去年の剣術大会では抜群の強さで優勝されたんだって! まだ二十五歳の若さでだよ!」 「お強いだけじゃないの! そのお顔ときたら、それはもう太陽神のようにお美しいのよね~」  キャーと黄色い声がそこここで上がり、オスメス問わず皆の目がうっとりと潤んでくる。 「自由な性格の方で、お城の外に出られることが多いって聞いてたけど、まさかうちの店に来てくださるなんて……!」 「ねぇねぇ、ルーカス様ってまだお守り鳥は決まっていらっしゃらないよね? もしかして、もしかして~」 「え~っウソ、どうしよう! マル、早く羽を整えて!」 「あ、あいっ!」  店内がこれほど大騒ぎになるのも珍しい。無理もない。大店とはいえこんな地方の店まで王室の方が見えられることなど、おそらくもう二度とないだろう。

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