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第1章 終わりから始まる物語4
「そうかな? あながち嘘じゃないと思うよ。だって僕がいなければ、親方や、おじいちゃん、おばあちゃんも死なずに済んだんだから」
また、この話かよ。これじゃ堂々巡りじゃないかと内心舌打ちをし、カイトを抱き起こす。
七年前、カイトは、山に住んでいる老夫婦に発見され、拾われた。何もかもを忘れて行き場のなかったカイトを、子どものいなかった彼らは、大層かわいがった。
しかし黒い髪に黒い瞳、象牙色の肌をした人間は、ここら一帯では珍しい。
魔族の中には人間に擬態して町や村に侵入し、魔族の兵を招き入れるやつらが増えているという話も伝わったから、村の人間はカイトを「化けガラス」と呼び、村八分にしたのだ。
当時のカイトは、あばら骨が浮き出るくらい、ひどくやせ細っていた。肌はひどく爛 れて傷だらけ、毛じらみもひどく毛並みも悪かった。長らく栄養をとっていない状態で不衛生な生活をしていたのか身体が弱りきっていたのだ。
魔族に親を殺され、家を失った孤児は食うや食わずの生活で命を落とすものも多い。
カイトは神父様の作った万能薬を飲ませてもらい、シスターたちの治癒魔法を受けるうちに快復した。
その後、猟師をしているじいちゃんの跡継ぎとして、メキメキと頭角を現した。
森の番人である親方から金属加工について教わっていた俺は、じいちゃん連れられたカイトと出会ったのだ。
兄弟のように交流を深めていったが、ある日、親方が工房で磔にされている姿を発見した。
大急ぎでじいちゃんのところへ駆け込んだら、山小屋の中は血まみれ。
男たちの死体が転がり、弓を手にしたじいちゃんが息絶えていた。
その近くには、血を流しているばあちゃんを抱き抱えたカイトが滂沱の涙を流していた。
山賊たちは珍しい容姿をしたカイトを売って金を儲けようと、親方やじいちゃんを殺し、ばあちゃんに怪我を負わせたのだ。
しかしカイトは気弱な少年ではない。腹を空かせた熊や荒れ狂ったイノシシ、人間を獲物とみなす魔獣を一発で仕留めるくらい強いのだ。
その事実を知らなかった連中は返り討ちにあった。
しかしながら深手を負ったばあちゃんは峠を越えられず、夫の後を追うようにして、この世を去った。
その日から鹿のように野山を駆け回っていたカイトの足は動かなくなってしまったのである。
大切な人を守るためとはいえ、人を殺したカイトは村を追放されかけた。
だが、村長と領主様の慈悲により教会で村の平和を祈りながら贖罪の日々を送ることになったのだ。
「おまえは悪くねえよ。魔族が人を襲う乱世だからって自分たちまで地に落ち、人の道に外れたことをした、あいつらが悪いんだ。十二、三歳のガキなら自分の身を守るので精いっぱい。親方たちだって、おまえが生き残ったことを天国で喜んでるはずだ」
車椅子にカイトを乗せると彼は、手すりを掴み、力なくうなだれた。
「神父様やシスター以外で、そう言ってくれるのは、きみだけだよ。だからこそ心苦しいんだ。淫魔のように、きみを誘惑したことが」
「誘惑? 誰がそんなことを言った!」
頭に血が上った俺は華 奢 な両肩を掴み、問いただした。
頭を上げたカイトは自嘲気味な笑みを浮かべ、「誰だっていいだろ」とぞんざいに答える。「おもしろ半分で娼婦の真似事をして、きみをたぶらかした。きみをそそのかし、悪の道へ進ませたんだよ」
「アホなことを言ってんじゃねえ! 第一、おまえが淫魔や悪魔なら、こうやって教会で生活できるわけがねえだろ!?」
するとカイトは苦渋に満ちた声を出し、うなるように「そうじゃないんだよ。ヒロ」とつぶやいた。「きみは顔も、容姿も、性格もいい。村の女の子たちからモテる。男として、ねたましかったんだ! 僕は挨拶だって、ろくに返してもらえない。きみのことが羨ましくて、うとましくて陥れたんだよ。同性愛は神に背く大逆罪だからね。ぼくは悪魔と変わらない。だから、二度とその顔を見せないで……」
俺の心の中はグチャグチャになり、やるせない気持ちになる。俺は思いをぶつけるようにしてカイトの唇と、自分の唇を重ねた。
瞳を揺らすカイトが抗議の声をあげようとするのを、口づけを深める形で阻止する。
こんな見え見えの嘘をつかれて素直に引き下がれるわけがない。
タコもなければ、すり傷もない白魚のように小さくきれいな手の上に、自分の手を置き、やわらかく温かな唇の感触を楽しんだ。
相変わらず息継ぎをするのがへたくそだなと頭の片隅で思う。くぐもった声を彼が出したところで、唇と手を解放する。
「俺は信じない」
「ヒロ! 自分の過ちを認めなよ」
「……おまえが、どんなやつか知っている上で俺は、おまえを選んだ。何十回、何百回ってキスをしたのも、互いの裸を見て不浄とされているところも触り合ったのも性欲を満たすためじゃねえ。おまえだからだ」
するとカイトは息を詰めて顔を赤く染めた。
「もし本当に、おまえが俺を誘惑していたら、とっくの昔に別れを告げてたよ。なんで嘘をついたりする?」
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