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第2章 禁じられた恋4

 選別が終わり、残った野菜を教会へ届けることになった。 「おい、ヒロ。大丈夫か?」 「大丈夫だよ、父ちゃん。市場と比べたら近くだし、坂もゆるやかだ。第一、人やワインの入った樽を運ぶわけじゃないから、これくらいへっちゃらさ」 「そうか。なら、気をつけて行ってこい」  市場へ売りに出すときは、台車に積んだ野菜を馬に引いてもらう。  だけど今日は違う。  自分で引いて教会までの道のりを歩くことにした。  ゆっくり負荷をかけた状態で足を一歩ずつ進めていけば、この答えの出ない疑問も、少しわかるんじゃないかと思ったからだ。  そうして時間をかけて教会に野菜を届ける。  対応はシスターメアリーと神父様、それから幼い子どもたちが、やってくれた。  カイトの姿が見えないことを尋ねると「具合が悪くて部屋で寝ている」と今日の夕食に使う野菜を洗い始めた年長の子どもが教えてくれたので、まっすぐカイトが眠る部屋へ向かう。  成人して相部屋でなくなったから、昨晩のことも邪魔が入らず話せるな、なんて思いながら木の扉を軽くノックする。 「カイト、俺だ、ヒロ。入ってもいいか?」  返事がない。  熟睡しているのなら起こすのは、かわいそうだ。このまま静かに帰ったほうがいいだろう。  だけど、あいつは子どものときから見ていた弟分だ。  カイトが息をするのもやっとな状態で苦しんでいたり、ぐったりして横たわっている姿を想像し、気が気でない。  寝顔だけでも見て帰ろう、と戸に触れる。鍵はかかっておらず、そのまま開いた。 「……おまえ、起きてるだろ」  ベッドの真ん中には月みたいに丸くなっている布団があり、カイトの姿はなかった。  頭の後ろを掻き、ベッドの端に腰掛け、やわらかな球体に触れる。そのまま馬の背を撫でるときのように撫でる。 「なんだよ、さみいのか? ホットワインでも入れてもらおうか?」 「帰って、ヒロ」 「なんだって?」  耳をすませていないと聞き逃してしまいそうな小さな声が聞こえ、俺は訊き返す。 「僕、今、すごく、ひどい顔をしているんだ。だから、ここから出ていって」 「そんなに具合が悪いのか!? 医者は?」  まだ、じいちゃんやばあちゃん、親方が健在だった頃、草刈りをしていたカイトが蛇に噛まれた。  親方が毒消しの薬草を煎じて飲ませたが高熱を出し、苦悶の表情を浮かべ、脂汗を全身にかいていた。死人のような土気色の肌をしていて、このままカイトが死ぬのではないかと恐ろしくなった俺は、彼を背負い、山を下りたのだ。  教会のシスターメアリーの回復魔法をかけてもらった。  ところが蛇に噛まれた跡は消えても熱はまったく下がらず、それどころか虫の息となってしまったのである。  これはまずいと神父様に見てもらったら、「悪魔の呪いをかけられている」と異常解除の魔法をかけてもらい、ようやくカイトが元気になったのを思い出す。  即座に俺は日々の仕事で培ったバカ力で布団を引き剥がした。 「ヒロ、やだ! 見ないで……!」  ヒロの顔色は悪くなかったし、頬も、目も、鼻も赤かった。  それこそ血色がいいなんてレベルじゃなく何度も強く手でこすったのがわかるくらい真っ赤だったのだ。 「おまえ、その顔……」  目にはキラキラと輝く涙が溜まり、カイトが顔を傾けるとあふれた雫が頬を幾筋も伝う。  その姿に胸が締めつけられて苦しくなる。  また、この感覚だと頭を悩ませていると、カイトは素早く手で涙を拭い去り、ベッドに座ったまま、俺に背を向けた。 「なんで泣いてるんだよ。俺にキスされたのが死ぬほど、いやだったのか?」 「そうじゃない。そうじゃないから困って、こんなに泣いてるんだよ……!」とカイトは手を交差させ、己の身体を抱きしめた。「同性でキスするなんて、どうかしてるよ! でも、きみと昨日したとき、ちっとも、いやじゃなかったんだよ。……胸が温かくなって、もっとしたい。もっとヒロに触れたいって思ってしまったんだ。僕か、きみ、どちらかが女の人だったら普通のことだよ。でも、そうじゃない……」 「そんなの当たり前だろ。たとえ天と地がひっくり返っても俺とおまえは男だ」  のどが異様にカラカラに渇いていくのを感じながら、声をしぼり出す。 「だったら、」  こちらを振り向いたカイトは泣き笑いをしながら、俺の腕を掴んできた。 「僕も、きみも、おかしいってことじゃないか。男同士で二回もキスをしたんだ。酒に酔って、ふざけてやったんだろ? そう言ってよ、ヒロ」  縋りつくように俺を見つめ、目を細めて微笑を浮かべるカイトの姿に、ああ、もしかしたら――と、この胸にある真実に気づかされる。 「違う。俺は、おまえに、おまえだけにしたくてキスしたんだ」 「えっ……?」  何を言ってるの? と言いたげな目をしてカイトは訊き返した。  ここで目をつぶれば、すべて、うやむやにできる。そうして昨晩、口づけを交わす前のふたりに戻れると信じているのだろう。  だけど俺は、そんなのは、いやだった。  自分の心に嘘をつき、ほかの女と仲良くなって年をとってから後悔するのも、カイトがどこぞの女を嫁に取り、その子との間にもうけた子どもの父親になる未来を目にするのも、我慢ならなかったのだ。

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