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〈1〉この世界の姫にはじめまして-2
同じような日が数日続いた。
一日に何回かは夢乃や猫野と会話をするが、それ以外で誰かと言葉を交わす時間は無い。
ボッチの俺に気を使ってなのか、話しかけようとしてくれる二人には心底感謝している。その時間だけが俺の救いだったから。
ただ、人気者の二人はすぐに周りに囲まれてしまうから、俺なんかの入る隙間はないのだ。二人の優しさに甘えすぎるのもよくないしね。
というわけで、今日も階段の踊り場での昼食後、俺は図書室で読書をしていた。
最近図書室の利用者が増えてきて、席が所々埋まっている。
それでもいつも座っている端っこの場所は空いてるから変わらず利用しているのだ。
ただ、俺の周りは不自然に誰も座らない。
やはり迷惑だろうか。利用者も増えてきたし、他の場所での時間潰しを考えた方がいいのかもしれない。
そう考えている最中に、俺の隣にはいつの間にか人が立っていたのだ。
「木戸ルイ」
「……え? あ、はい」
人がいるのにも驚いたし、声をかけられたのも驚いた。しかし、声をかけてきた人を仰ぎ見て、さらに驚くことになる。
「……っ!」
なんと、またもやゲームの主要キャラじゃないか。
「来なさい」
「……はい」
唖然と見上げる俺へ、彼はさらに話しかける。凛 とした声は有無を言わさず従わせる強さがあった。
来なさいと言われて歩きだした彼の後を、慌てて立ち上がった俺は黙って付いていく。
辿 り着いた場所は図書室から繋 がった隣の部屋だった。狭いが整理整頓された部屋は何かの準備室のようで、応接室で使われるようなソファとテーブルが置いてあった。
「ここは……?」
「生徒会のみ利用を許可されている準備室です」
「図書業務のための部屋だと思ってました」
「図書業務部屋は地下にあります」
「地下……」
そう言う彼は、確か生徒会長だ。
金髪の髪はサラサラのストレートで、肩より長い髪をひとまとめに結び右肩に流している。
少し緑がかった青い瞳は鋭く、いつも背筋をピンと伸ばした佇 まい。
兎 月 ヘイヤ。三年の先輩で、めったに笑わない堅物のクールキャラ、だったと思う。
「今日からあなたはここを使いなさい」
俺が必死に記憶を手繰り寄せている間に、彼はソファを示して言った。
この部屋は準備部屋と呼ばれているが、生徒会室に入りきれなくなった資料を保管している部屋だと言う。
どうやら本を読むならこの部屋を使えと言っているらしい。
「いいんですか?」
願ってもない申し出だったが、一般生徒の俺なんかが使ってもいいのだろうか。
しかし俺の疑問はすぐに兎月生徒会長が答えてくれた。
「ここなら迷惑になりませんので」
「……あぁ、なるほど………」
答えはわかったが、ヘコむ。
いやわかってはいたが、人に言われるとヘコむ。やはり迷惑だったのだ。
かといって他に行き場も思いつかないので、とりあえずお言葉に甘えることとした。
「ありがとうございます兎月先輩……」
はいはい存在自体が迷惑な俺が座りますよっと。
ちょっと不貞腐れながらも礼を言って腰掛けたソファは、思った以上にフカフカで座り心地は抜群だった。
さっそく読みかけの本を開いて俺は現実逃避を図る。本は誰も拒まない。なんて素晴らしいんだろう。
ちょっと泣きそうになりながら強がっていた俺に、温かなお茶を差し出す手があった。
「……」
「……」
「……あ、ありがとうございます?」
「どういたしまして」
無表情の優しさが怖……いやいや嬉しい。
そんな予想外の優しさに驚いているうちに兎月生徒会長は俺の隣に座る。あ、そこ座るんだ。
何となくデジャブを感じたが、本来彼の使うべき部屋なのだ。何も文句はない。
むしろ隣に座ってくれると嬉しくも感じた。緊張はするが、人がそばにいてくれるとホッとするからだ。
兎月生徒会長は何か難しげな資料に難しげな顔をして目を通していた。なので俺は邪魔にならないよう本に視線を戻す。
用意してくれたお茶は、香り高くて心が落ち着つく。
俺をここに連れてきたのは優しさか哀れみか、はたまた生徒からの苦情への対応なのかはわからないが、たぶんこの人は優しい人だ。
お茶を出されたぐらいで我ながらチョロいなって思うけれど、お茶どころか周りに誰も近づいてくれない俺にとっては眩 しいくらいの優しさなのだ。
ちらりと横目で覗き見たその姿は、スッと伸びた背筋に組まずに揃 えられた長い足、洗練された所作は美しかった。
こっそり見ていたつもりだが、いつの間にかしっかり見入ってしまっていたらしい。ここまであからさまに見ていたら相手だって当然気づく。
「あ……」
不意にこちらを向かれて慌てたが、咄嗟の言い訳が思いつかなくて俺は挙動不審になってしまう。
するとそんな俺の頬 にかかっていた髪をすっと、流れるような動作ではらった生徒会長の手が離れていく。
あまりにも自然な動作だから俺は何も反応ができなかった。
「名前……」
「え?」
「私の名前……知っていたのですね」
「あ」
言われて、そういえば名前呼んだなと思い当たった。
しまったと思い身構えるが、しかし彼は生徒会長、つまり全生徒の代表なのだ。
「生徒会長をされてますので名前ぐらいは……」
だからこの言い訳で通用するはず。
どうだ? と考えながらなるべく顔に出さないよう生徒会長を見ていると、彼は「そうですか」と一言残して視線を外した。
生徒会長の鋭い視線は資料に戻り、何事もないように険しい表情へと戻る。
視線が外れたことで知らぬ間に緊張していた糸が切れる。同時に自分の心臓の音がうるさくなった。
それはうっかり初対面なのに名前を呼んでしまったからではない。ついついうっかりときめいてしまったからだ。
だってこんなの、反則だろう。
こんな怖い顔してるくせに、優しく、そしてさり気なく髪を触るなんてさ。
不覚にも胸が高鳴ってしまったじゃないか。
さすが主要キャラ、これがギャップ萌 えってやつか。きっとさぞかし女の子に……いやBLゲームの世界だから同性からもモテるだろう。
そんな技を俺なんかに使わなくていいのに。まぁ無意識にやってるのだろうけれど。
胸がポカポカしてきた俺は集中できないままに本に向き合った。
生徒会長の隣はあまり読書に向いていない気もするが、これからも許される限り来たい。
甘えすぎるのも良くないと思いながらも、ここの居心地が良すぎるのがいけないと俺は言い訳をした。
* * *
「ぉ、おはよう木戸くん!」
「あ、おはよう……」
兎月生徒会長と出会って数日後。いつもの朝の登校時間で稀 に、本当にごく稀に、俺に声をかけてくれる人がいる。
しかし二度目はない。皆一度きりの優しさなんだ。
「おはよーさんルイちゃん!」
「おはようルイ!」
「おはようチエ、アリスも……」
そんな中で、二人は今でも俺なんかに挨拶をしてくれている。優しいなと思う。そして今日も夢乃には腰を、猫野には肩を抱かれて教室へ向かった。
男同士にしてはスキンシップが激しい気もするが、それは俺が前世の記憶があるからそう感じるのだろうか。
BLゲームの世界ではこれは普通なのかもしれないが、なんせこの世界で友達が居たことがなかったからわからない。
でも友人みたいに接してくれるのは嬉しい。たとえこの時間は長く続かないとわかっていても。
「ねえルイ、連絡先おしえ──……」
「夢乃くーん!」
「猫野、ちょっといいかな?」
「ちょっ、今ルイと話して……っ」
さすがは人気者の二人である。教室に着く前に今日も他生徒に捕まって二人は連れて行かれてしまった。
その光景を眺めて俺は寂しく思いながらも、どこか諦めの気持ちで一人で教室に入った。
今日も俺の隣は空席のままだった。
さて昼休みの時間がやってきた。
当初はあれほど憂鬱だった時間も、今では少し楽しみでもある。図書室の準備室での時間が心地よいからだ。
無駄に距離を置かれることもなく、人の視線も気にせず過ごせる天国のような空間。
しかも隣に嫌がる様子も見せずにそばにいてくれる存在が居る。ほとんど会話はないけれど、兎月生徒会長の隣は心地よい。
あと最近どんどんお菓子が増えてる。どうやら差し入れらしいが、さすがは生徒会長、皆から尊敬されている証拠だと思う。
生徒会長から消費が追いつかないから食べてくれと言われているので、俺は遠慮なく頂いていた。
そして兎月生徒会長の入れてくれるお茶は相変わらず優しい味がする。
でもさすがにあそこでご飯を食べるわけにはいかないので、昼食は今でも階段の踊り場で食べていた。
早く食べて図書室の準備室に行こう。そう思っておにぎりにかぶりついていた、その時だった。
「お前が木戸ルイか」
「んぐっ……」
気付かないうちに階段を上ってきた者が居たのだ。
急に人が来たのも驚いたし、名前を呼ばれたのも驚いた。
その上またもやゲームの主要キャラクターじゃないか。
何で? 俺に声をかけて驚かせないといけないルールでもあるの?
そんな彼はおにぎりが飲み込めず返事ができない俺にかまうことなく、どかりと隣に座るじゃないか。何で? 隣に座らないといけないルールでも──
「──お前、ちょっと顔がいいからって最近調子にのってるらしいな?」
「……っ、え?」
やっとおにぎりを飲み込み顔を合わせたが、返せた言葉は少なかった。だって、まさかいきなり文句を言われるとは思わないじゃないか。
しかも言ってる意味はわからないしで俺が呆 けている間に、残っていたおにぎりを勝手に食べられた。ヤンキーだこの人。
白 伊 ナイト。一つ上の二年生だ。
短い銀髪がピンピン跳ねていて、前髪が一部赤く染められ、同じ色の赤いピアスが耳元で光る。
彼は喧嘩 っ早いヤンキーの俺様キャラ、だったはず。
「……返事もなしかよ? お高くとまってんじゃねぇぞ」
「あ、いや、すみません……そんなつもりじゃ」
「へぇ?」
やたらと絡んでくる主要キャラクターに戸惑いながらも返事をするが、彼は全く信用してませんって顔で笑う。
俺は嫌な汗が吹き出しそうだった。なんたって、調子にのってると言われてしまったのだから。
初めは意味がわからなかったが、よくよく考えれば思い当たる件がいくつもあるじゃないか。
嫌われ者のくせに、最近は生徒会しか使えない部屋を使わせてもらってるし、おまけに生徒会のために用意されたお菓子まで俺が食べてしまっている。完全に調子にのってる。
やはりあそこで兎月生徒会長の言葉に甘えず、図書室の利用も控えて誰もいない場所でひっそりと過ごすべきだったのだ。
もっと言えば、夢乃アリスや猫野チェシーという人気者から時々声をかけてもらっているのさえおこがましいのかもしれない。
そう考えると、俺はもう言い訳すらできなかった。
そんな後悔の念に駆られている俺を、白伊先輩は引き寄せる。
「じゃあ……お高くとまる気がねえってんなら俺ともオトモダチになってもらおうか?」
「──……えっ? いいんですかっ!?」
「は?」
「あ」
言って、またまた後悔した。
白伊先輩の驚いた顔で冗談だったのだと理解したからだ。それを鵜呑 みにした自分が恥ずかしい。
「あ……すみません………」
「……何で謝んだ」
「先輩と友達になりたいなんて言ったから……」
「お前俺とオトモダチ……友達になりたいのか?」
「いやそんな! 迷惑になりますし」
「何でお前と友達になったら迷惑になんだよ」
質問攻めにされると地味に心が傷つく。
俺が調子にのってたから苛ついて、わかってて聞いているのだろうか。
「………──から……」
「あ? 聞こえねぇよ」
本当は答えたくなかった。こんなわかりきった答え、情けなくて言いたくない。
けれど白伊先輩の視線は言えと圧をかけてくる。
それでも往生際悪くもごもご誤魔化していたが、さらに圧の強い顔が近づいてきて、俺は仕方なく降参した。
「俺が……嫌われてるから……っ」
「はぁあ?」
わかりきっている答えに上げた先輩の声は、呆れなのか怒りなのか嫌味なのか。
真意がわからないままの俺を置いて、白伊先輩は残酷な言葉を続けた。
「……何で嫌われてるって思うんだよ?」
「……っ」
そこまで言葉にしなければならないのかと顔を引きつらせながらも、これは相当お怒りのようだと悟る。
俺はここまで白伊先輩を怒らせるほど調子に乗っていたのだろうか。
言葉にするのは嫌だったが、言わなければ解放されそうにない雰囲気に呑まれ、俺は渋々喋 りだした。そんな俺の話を、白伊先輩は黙って聞いてくれた。
「……誰にも話しかけられないし、俺から話そうとしても逃げられたりするし……」
「……」
「俺の周り、誰も近づこうとしないし……そのくせ遠くで俺を見ながらヒソヒソ話してるし……──」
話しながら、思い出したくもない思い出がぽつりぽつりと蘇る。
小学生ぐらいの頃は、少ないが友人は居たのだ。
しかし、中学校に上がった頃から徐々に周りから人が居なくなっていった。
寂しくて、悲しくて、でも慣れるしかなくて、それでもやっぱり悲しくて。
理由がわからないのがなおさら情けなくて、もう存在が迷惑なのだと思うしかなかった。
「──……だから、俺と一緒に居たら先輩まで変な目で見られて迷惑をかけると思うんです」
「……」
言いながら、情けないやら悲しいやらで泣きそうになってしまう。
泣くな泣くな、これ以上迷惑をかけるな。そう言い聞かせる俺の隣で、白伊先輩はため息と共にぽつりと呟いた。
「……なるほどな」
「わ、わっ」
すぐに、頭を乱暴に撫でられる。
髪がグチャグチャに乱れて困ったが、次に吐かれた先輩の発言で髪なんて気にする間もないほど、俺は驚くことになる。
「んじゃあ、俺とダチになるか」
「はぇ?」
何だって? と、乱れた髪を直すのも忘れ勢いよく振り返れば、そこにはムスッとした顔の先輩がいた。
「んだその気のねぇ返事は。嫌なのかよ」
「いや、そんなことっ……でもあの、先輩の迷惑になる……」
「はっ、今更不良の俺が周りの視線なんか気にするかよ」
「ぅわわっ!」
また力任せに頭をグチャグチャと混ぜられて、ちょっと痛い。
けれど、乱暴に撫でられながら見た先輩の顔は楽しそうに笑ってて、悲しかった気持ちはいつの間にか吹き飛んでいた。
「おら返事」
「ぁ……あっ、はい!」
よし、と笑う先輩の顔がとても頼もしく見えた。
……友達。心の中で、何度も復唱する。
友達。え、今友達ができたのか?
あんなに熱望して、でも諦めていた友人が、今、できた?
なぜ先輩がこんなことを言い出したのかわからない。
哀れみなのか気まぐれなのか、もしくはパシリが欲しかったのか。
しかしどれであっても構わない。
猫野からも友達だと言われたけれど、結局ほとんど話せていない。
今度はもう少し友人らしいことができるだろうか。パシリでも何でも構わないから、そばに居させてもらえるだろうか。
「ありがとうございます……」
嬉しくて、胸が温かくて、わくわくして。俺は知らず緩んでしまった顔のまま、白伊先輩に礼を言った。
「っ!!」
そしたら首の骨が折れるんじゃないかってぐらいの勢いで顔をそらされた。優しくした後のそれはないでしょうよ。
俺はなんだか早くもまた距離を置かれる予感がした。あまり期待はしないほうがいいのかもしれない。
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