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第2話
放課後の苺味
放課後の教室は、椅子の擦れ跡だけが時間を残していた。
夕陽が差し込み、窓辺のホコリを金色に染める。
星乃來夢は鞄を探り、指先で飴を三つ拾い出す。苺、ミント、レモン。
苺を選び、唇に含む。酸味が舌に広がり、角が丸く溶けていく。
そのとき、背後から呼ぶ声。
「星乃先輩。……まだ、いますか」
振り返ると、神城煌真が立っていた。
結び目の乱れないネクタイ。敷居を越えない足。
几帳面な影が夕陽に伸びていた。
「いるよ。今日も欲しい?」
「……はい。いただけますか」
來夢はポケットから二つ取り出す。ミントと、ぶどう。
迷わずぶどうを持ち上げて差し出す。
神城は受け取り、親指で包み紙を撫でた。角が折れ、小さな音を立てる。
「先輩は、どうして飴を配るんですか」
「人にあげるのが好きなんだと思う。
笑顔を見ると、自分まで楽になるから」
沈む陽が睫毛を照らし、影が頬に落ちる。
その影に見入ったまま、來夢は苺の甘さを嚥下した。
「……俺は、毎日ほしいです」
「毎日?」
「はい。できれば、俺にだけ」
敬語の端が震え、沈黙が熱を帯びる。
來夢は視線を外し、窓の外の茜色に逃がす。
「……考えとく」
ポケットから棒付きキャンディを取り出した。
包みの重さに、神城の瞳が揺れる。
「これは、今日じゃない」
來夢は笑い、再び仕舞う。
神城は短く息を呑み、手の中のぶどうを強く握った。
◇
渡り廊下は砂の匂いを含んだ風が吹き抜ける。
体育館からはボールの音。夕焼けがガラスを赤く染める。
「先輩……苺の匂いがします」
不意を突かれ、來夢は舌に残る甘さを意識する。
「次は苺もラベルをつける?」
「はい。星乃先輩の苺が、欲しいです」
敬語の線が揺れ、聲よりも息が伝わる。
來夢の胸が小さく跳ねた。
「じゃあ……君だけに」
小さな救いを渡すと、神城の目に淡い光が差した。
◇
帰り支度を終えた頃、再び声が背に届く。
「俺、明日も来ます」
「分かってる。君は几帳面だから」
「……でも、ただ来るんじゃなく。俺だけの飴を確かめに」
その言葉に答えず、來夢はポケットの棒付きキャンディを指で転がす。
硬い角が指腹を押し、冷えた金属の手すりを触れたときの感触を思わせる。
窓の外、街灯が灯り始めた。
棒付きの包み紙が月光を先取りするように、かすかに光った。
――第2章おわり――
⸻
🌙 次回予告
第3章|揺らぐ影と、棒付きの秘密
教室の窓から覗く新しい影。
來夢に差し出されたのは、偶然なのか、それとも挑発なのか——棒付きのキャンディ。
煌真の心に走るひびは、独占欲の形をはっきりと浮かび上がらせていく。
次回、三人の距離が重なり、甘さに苦みが混じり始める。
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