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第4話

       独占欲と、拗ね顔  曇天の下、湿った風が頬を撫でた。夏がまだ地面に残り、熱を吐き出している。  星乃來夢は階段を降りながら、ポケットの飴を指で転がす。包み紙の角が爪に当たり、心を突くように尖っていた。  下駄箱の前。神城煌真は真っ直ぐ立っていた。制服の襟は乱れず、磨かれた靴が白く光る。  人の流れが脇を通り過ぎても、彼は來夢を待つためにだけそこにいる。 「星乃先輩」  落ち着いた声。來夢は肩をすくめて笑った。 「ほんとに律儀だな」 「……待たずにいられません」  來夢は苺の飴を取り出し、彼の手に置いた。  神城の指先が震え、包み紙を折る音が静かに響く。 ◇  昇降口を抜けると、翔琉が自転車を押して立っていた。  乱れた前髪をかき上げ、眩しい笑みを浮かべる。 「お、來夢! ちょうど良かった」  ポケットから取り出された棒付きキャンディが、青リンゴの光沢を放つ。 「昨日と違うやつ。試してみろよ」  來夢が受け取ろうとすると、神城が一歩踏み込んだ。 「それを、先輩がもらう必要は……ないと思います」  翔琉は口角を上げた。 「へえ、出たな独占欲」 「俺は……ただ、星乃先輩に渡したいだけです」  敬語の奥に隠れた熱が、空気を緊張させた。 ◇  帰り道。  曇り空の下、街路樹の葉が湿った音を立てる。  翔琉は前を歩き、振り返りざまに笑った。 「來夢って、ほんと人たらしだよな。誰にでも優しい。……だから欲しくなる」  神城は言葉を飲み込み、鞄の持ち手を強く握った。指先が白くなり、爪が食い込む。 「拗ねてんだろ」來夢が覗き込む。 「俺は……拗ねてるわけじゃありません。ただ、不安で」  その弱さに、來夢は飴をひとつ取り出し、彼の掌に置いた。 「なら安心しろ」  苺の飴。神城が包みを開き、唇に触れる瞬間、吐息が揺れた。 「……甘い」  小さな呟きが、曇天の空気を温めた。 ◇  夜。  來夢は机に飴を並べていた。神城に渡した苺、翔琉からの青リンゴ、自分の舌に残る甘さ。  窓を揺らす風は冷たく、指先に鳥肌が立つ。  ポケットの中で転がした棒付きキャンディが、月明かりに照らされる。  まだ誰にも渡していない。  それが、選択の余白を示していた。 ――第4章おわり―― ⸻ 🌙 次回予告 第5章|揺れる気持ち  苺と青リンゴ、ふたつの甘さの間で揺れる來夢。  神城の真剣な眼差しと、翔琉の軽やかな挑発。  その狭間で、心がどちらへ傾くのか——。

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