5 / 11

第5話

        揺れる気持ち  翌朝、曇り空は重たく垂れ込めていた。  湿った空気が窓ガラスに曇りを残し、黒板の白い文字を滲ませる。  星乃來夢は机の奥から飴を取り出した。苺、ソーダ、ミント。包み紙の角を指でなぞると、カサカサと乾いた音が爪に伝わる。 「……先輩」  顔を上げれば、神城煌真が立っていた。  整った制服に、曇天を映す瞳。その奥に昨日よりも深い影が差している。 「昨日のこと……翔琉さんのキャンディ、気にしてますか」 「別に。俺は気にしてない」 「……俺は、気にしています」  敬語の端が震え、沈黙の方が雄弁だった。 ◇  昼休み。  廊下の窓辺で翔琉が待っていた。袋から赤紫の飴を取り出し、光にかざして笑う。 「來夢、今日はグレープ」 「また?」 「特別扱いだって」  來夢が受け取ろうとした瞬間、神城の手が遮った。 「……それは、渡さなくていい」  翔琉は挑発するように口角を上げる。 「また独占欲? 來夢はどっち選ぶんだよ」  來夢は息を詰め、ポケットの中で苺の飴を握った。手汗で包み紙が柔らかくなり、指先に貼りつく。 「俺は……選んでるつもりないんだけど」 「それが一番残酷だぜ」翔琉が笑う。  神城は言葉を呑み込み、拳を強く握った。関節が白く浮かぶ。 ◇  放課後。  グラウンドの端で來夢は腰を下ろした。芝生が湿って冷たく、スニーカーの裏にしみ込む。  ポケットから苺の飴を取り出し、舌にのせた。酸味が広がり、喉をひんやり撫でる。 「やっぱり……俺は苺が好きかも」  独り言に、背後から影が差した。  振り返れば、神城が立っていた。額に汗、呼吸は乱れている。 「星乃先輩……俺、諦めません」 「何を?」 「あなたです」  濡れた瞳は曇天を突き抜けるほど真剣で、來夢の胸を強く締めつけた。 ◇  夜。  机に散らばる包み紙を握りしめる。苺の赤、グレープの紫、ソーダの青。  指先にざらついた感触が残り、心に沈殿した迷いをかき立てる。  窓を叩く風は冷たく、鳥肌が腕に走った。  ポケットの奥で棒付きキャンディを転がす。  まだ誰にも渡せない。  その冷たさこそが、揺れる気持ちの痕跡だった。 ――第5章おわり―― ⸻ 🌙 次回予告 第6章|選ばれる甘さ  拗ねる後輩と、挑発する幼なじみ。  來夢の手に残った棒付きキャンディは、どちらに差し出されるのか。  答えのない心が、次第にひとつの甘さへ傾いていく。

ともだちにシェアしよう!