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第5話
揺れる気持ち
翌朝、曇り空は重たく垂れ込めていた。
湿った空気が窓ガラスに曇りを残し、黒板の白い文字を滲ませる。
星乃來夢は机の奥から飴を取り出した。苺、ソーダ、ミント。包み紙の角を指でなぞると、カサカサと乾いた音が爪に伝わる。
「……先輩」
顔を上げれば、神城煌真が立っていた。
整った制服に、曇天を映す瞳。その奥に昨日よりも深い影が差している。
「昨日のこと……翔琉さんのキャンディ、気にしてますか」
「別に。俺は気にしてない」
「……俺は、気にしています」
敬語の端が震え、沈黙の方が雄弁だった。
◇
昼休み。
廊下の窓辺で翔琉が待っていた。袋から赤紫の飴を取り出し、光にかざして笑う。
「來夢、今日はグレープ」
「また?」
「特別扱いだって」
來夢が受け取ろうとした瞬間、神城の手が遮った。
「……それは、渡さなくていい」
翔琉は挑発するように口角を上げる。
「また独占欲? 來夢はどっち選ぶんだよ」
來夢は息を詰め、ポケットの中で苺の飴を握った。手汗で包み紙が柔らかくなり、指先に貼りつく。
「俺は……選んでるつもりないんだけど」
「それが一番残酷だぜ」翔琉が笑う。
神城は言葉を呑み込み、拳を強く握った。関節が白く浮かぶ。
◇
放課後。
グラウンドの端で來夢は腰を下ろした。芝生が湿って冷たく、スニーカーの裏にしみ込む。
ポケットから苺の飴を取り出し、舌にのせた。酸味が広がり、喉をひんやり撫でる。
「やっぱり……俺は苺が好きかも」
独り言に、背後から影が差した。
振り返れば、神城が立っていた。額に汗、呼吸は乱れている。
「星乃先輩……俺、諦めません」
「何を?」
「あなたです」
濡れた瞳は曇天を突き抜けるほど真剣で、來夢の胸を強く締めつけた。
◇
夜。
机に散らばる包み紙を握りしめる。苺の赤、グレープの紫、ソーダの青。
指先にざらついた感触が残り、心に沈殿した迷いをかき立てる。
窓を叩く風は冷たく、鳥肌が腕に走った。
ポケットの奥で棒付きキャンディを転がす。
まだ誰にも渡せない。
その冷たさこそが、揺れる気持ちの痕跡だった。
――第5章おわり――
⸻
🌙 次回予告
第6章|選ばれる甘さ
拗ねる後輩と、挑発する幼なじみ。
來夢の手に残った棒付きキャンディは、どちらに差し出されるのか。
答えのない心が、次第にひとつの甘さへ傾いていく。
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