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第10話
選ばれる夜
文化祭の幕が閉じ、校舎の熱は急速に冷えていた。
窓の外には提灯の明かりが遠くに残り、風が紙屑をさらっていく。
星乃來夢は机に腰を預け、掌に残る二つの棒付きキャンディを見つめていた。
赤と黄。包み紙の角が擦れ合い、小さな音を立てる。
——どちらも特別。どちらも手放せない。
迷いの中にいると、扉が静かに開いた。
「先輩」
神城煌真が現れる。シャツの袖を少し捲り、息を切らしている。
「最後に、これだけは言わせてください」
來夢の前に立ち、机越しに見下ろす瞳が真っ直ぐ刺さる。
「俺はずっと“待つ”って言いました。でも今日だけは、もう待てません」
握った飴の角が食い込み、來夢の手に痛みが走る。
「どういうこと」
「——俺を選んでください」
低く押し出された声。敬語の硬さよりも熱が勝っていた。
◇
返事の前に、もう一人の足音が響く。
「いたな、來夢」
翔琉が教室に入ってきた。制服は乱れ、片手に黄色の棒付きキャンディを掲げている。
「これやるよ。俺の方が昔から一緒だろ?」
赤と黄が、夜気に揺れる。
両方が欲しいと訴えるように。
「星乃先輩、俺だけの飴をください」神城の声は切実だった。
「來夢、俺を見ろよ」翔琉は挑むように笑う。
三つの影が床に重なり合い、緊張で空気が熱を帯びる。
◇
來夢はゆっくりと立ち上がり、胸の奥に溜まった呼吸を吐き出した。
「俺……両方、大事だよ」
迷いを認める言葉に、二人の影が揺れる。
けれど、掌の中でひとつが自然と重くなった。
來夢は赤い包みを持ち上げる。
「でも……俺が欲しいのは、これだ」
神城の瞳が大きく揺れる。
差し出された飴を、震える手で受け取る。
指先が触れ合った瞬間、熱が掌から胸へと広がった。
「ありがとうございます。……一生大事にします」
神城の声は震え、言葉の最後まで誠実だった。
翔琉は笑みを崩さず肩をすくめる。
「負けたな。けど、また奪いに来るかもしれない」
軽い調子で背を向けた影が遠ざかり、教室には二人だけが残った。
◇
神城は來夢をそっと引き寄せる。
唇が触れる寸前で止まり、囁いた。
「今は、まだ」
「寸止めか」
「……俺の我慢です」
來夢は苦笑して肩を預けた。
「お疲れさま、煌真」
その一言が、飴より深い甘さを夜に溶かした。
――第10章おわり――
⸻
🌙 次回予告
エピローグ|甘い残り香
夜が明け、祭りの灯が完全に消える。
ポケットの中には、赤い棒付きキャンディひとつ。
「お疲れさま」の笑みと共に、最後の甘さが世界をやわらかく包む。
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