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第3話 αの支配

 マンションのドアの前に立っていた俊輔は、航を睨みつけて「遅い」と一喝した。 「何で……急に……」 「何でって、恋人に会いに来ちゃいけないのかよ」 「そんなわけじゃない……けど……合鍵は?」 「失くした」 「失くしただって!?」  背中に冷や汗が流れる。冗談だと信じたい。しかし鍵を持っているなら俊輔なら部屋に入っているはずだ。何時、何処で失くしたのかと問い詰めたいが、この雰囲気では到底口に出せそうにない。  きっと俊輔は、航と連絡が取れないと気付き確かめに来たのだろう。  本当の恋人なら連絡が取れないと二ヶ月以上も気付かないものかと、鞄を握りしめる手に力を込る。   「それで、何か用事だった?」  何とか笑顔を見せるが、内心焦っていた。  俊輔を室内に入れてはならないと、本能が訴えてくる。流されてはいけない。 『強くなったな』そう言ってくれた岳斗を思い出し、何とか抗う姿勢を崩さずにいられた。  しかし俊輔は苛立ちを隠しもせず通路で怒鳴り始める。 「用だって!? お前、連絡先どうしたんだよ!!」  やはりそうだった。  航は岳斗のアドバイスもあり、連絡手段が途絶えるよう全てのアドレスや番号を変更していた。例え俊輔から電話をかけてもメッセージを送っても届くことはない。  要するに、俊輔は二ヶ月以上も自分から航に連絡を寄越さなかったという証拠なのだが、それはそれで珍しい。  普段なら、発情期の知らせを受けるまでは返信すらないのだから。  アルファの勘が働いたのか、本当に何か用事があったのか、改めて分析すれば二ヶ月で気付いたのは奇跡かもしれない。 「……僕たち、もう終わったのかなって思って……」  正直に言う。  俊輔は「そんなわけない」と否定したが、航のことが好きというわけではなかった。 「勝手に色々決めてんなよ。オメガの航に別れるとか何とか、そんな決定権があるわけないだろ。ってか、とりあえず中に入れ」  俊輔はまるで自分の家であるかのように促すと、航の手から鍵を奪いさっさと室内に入ってしまった。  怒涛の展開に、敏感に反応できない。 「ちょ、ちょっと待って」  一息遅れて追うと、俊輔は玄関口で怒りに震えていた。 「……他のアルファの匂いがする」  それはきっと、先日岳斗が遊びに来た時に残していったものだろう。  妙に『あちこちにアルファの匂いをつけておく』なんて言っていたが、その意味は今になってようやく分かった。岳斗はまたここに俊輔が来ると悟っていて、牽制のためにわざと残していたのだ。  俊輔の服も処分し、ここで使っていた食器も何もかも残っていない。今、この部屋にあるのは岳斗の衣類や歯ブラシなどの日用品。そりゃ、俊輔の匂いなんてしないのも当然だ。 「お前、浮気してたのか」 「そんなのしてない」 「アルファの嗅覚舐めんなよ。自分のじゃない匂いなんてお見通しだっつーの」  怒りに震える俊輔は、航を睨みつけると部屋に引き摺り込み、ベッドに投げ飛ばした。 「痛い! 乱暴しないで」 「お前には番になる相手がいるんだって、分からせてやる」  勢いに任せて航の服を乱暴に剥ぎ取る。抵抗してもアルファの力には敵わない。俊輔は見るからに冷静さを失っていた。オメガをアルファの圧で威嚇し、動けないところを組み敷く。 「ほら、さっさとケツ濡らせよ。アルファのフェロモン出してやるから」  見下したような不適な笑みを浮かべると、アルファ性を解放させる。  ヒートを呼び起こされ、逃げたいのに本能が抗ってくれなかった。航の意思とは別に、アルファの精を欲しがってしまう。 「いや……だ……」  声を振り絞って抗っても、体の中心は隆起している。孔からはオメガの分泌液が溢れ出し、シーツを濡らす。  これではどんなに嫌がっても説得力の欠片もない。  俊輔は全て見抜いていた。  ヒートを起こしたオメガは、アルファの言いなりになるということを。  指の腹を腹部に滑らせる。 「あっ……」  容易くあられのない声を上げる航に、高笑いをして見せた。 「やっぱり俺を欲しがってるじゃないか」 「ち、ちが……」 「は? 素直になれよ。体はこんなに素直で可愛いのに。俺に構ってほしくて、随分拗らせたな。スマホまで変えて、別のアルファの服までよく手に入れたもんだ。そんなに嫉妬して欲しかったのか?」  航の頬を鷲掴みにすると、無理矢理、唇を奪う。  ———嫌だ、やめて………岳斗、助けて……。  心の中で岳斗の名前を呼ぶ。本人には届かないSOSを繰り返し何度も願う。  俊輔は航の身体を乱雑に愛撫しながら、執拗にキスを続けた。  アルファのフェロモンに、オメガの本能が上位体制となってしまう。触れられる部分は気持ち悪いのに、腹の奥は目の前のアルファを求めるように疼いて仕方ない。下着の中でパンパンに膨れている男根。その先端からは期待しているかのように液が流れ出る。  孔からは俊輔の望む通り、しとどに濡れていた。  こうなってしまえば、俊輔の怒りの熱が冷めるまでは、従うしかないように思えてくる。 「脚、拓け」  威圧は続いている。最低限の言葉で航を脅す。  体の震えが止まらない。体温を失ったかのように寒かった。  俊輔は碌に孔を解しもせず、怒張した男のそれを捩じ込んだ。 「いっ、いたい!!」  あまりの痛みに目を瞠る。セックスなど久しぶりすぎて簡単に這入るはずもない。俊輔にとってそれが誤算だったのか、すんなりと押し進められないことに眉根を寄せる。 「別のアルファとやったんじゃねぇの?」 「するわけ……ない……」  どうやら俊輔は、航と岳斗が既に一線を超えていると勘違いしたらしい。しかし岳斗はそんな野蛮な真似はしない。  この二ヶ月、ずっと側で支えてくれていたが、一度だってセックスを強要したことはないし、今も友達以上恋人未満を貫いてくれているのだ。 「なんだ。なら早くそう言えよ」  無茶苦茶を言いながらも、少し落ち着きを取り戻したようで、そこから少しは言動が柔らかくなった。  しかしセックスをやめてもらえるはずもなく、俊輔は男根を無理矢理挿入し、律動を止めてはくれなかった。一年以上ぶりの俊輔とのセックスは自分本位で、『お前はオメガだ』と蔑む念が込められているように感じた。  体がオメガであるには間違いないので、しっかりとアルファを受け入れている。 「ほら、やっぱり。俺を離したくないって言ってるみたいに締め付けてくるじゃん」  勝ち誇ったような言動に反論したくても、何の意味もないことは十分承知している。  航は俊輔に突かれながら繰り返し白濁を飛沫させ、自分の体を精液で濡らしていた。  泣きたいのを我慢して、なるべく感情を殺すしかなかった。  俊輔も何度も航の中に精を放ち、自分のものだと知らしめる。  悔しいのは、心とは裏腹にオメガ性が満たされていくことだった。触られることすら拒否したいのに、オメガだというだけで自分がとても淫乱な人のように思えて、歯を食いしばっても涙を止めることは不可能だった。 「泣くほど気持ち良いなら、そう言えよ。もっと満たしてやるから」  勘違い甚だしい言葉をかけられ、さらに最奥を突かれる。  声を出すのは最後まで我慢した。それくらいしか抵抗する術はなかった。俊輔はあまり喘ぎ声が好きではないため、余計に悦ばせているとは分かっていても、嬌声を上げてしまえばそれこそ快楽に波に呑まれてしまいそうになる。  無理矢理犯され、岳斗を裏切ったような気持ちに苛まれた。  俊輔は、航の部屋から感じる別のアルファに向けて、航を諦めさせるためにこんなことをしたのだろう。身体的にも精神的にも、俊輔からは逃げられないと洗脳されているような息苦しさだった。 「っく……」と俊輔が低く呻り、体内に何度目かも知れない精を放つと、ようやく解放された。  俊輔は満足したらしく着替えを済ませて煙草を咥える。ベッドの上で精液に塗れたまま、航は放心状態になっていた。  しかしそんなことは関係ないとばかりに、俊輔は再び怒りをぶり返す。 「金輪際、変な行動取るんじゃねぇぞ。ったく、流石の俺でも今回はビビったわ。こんなことしないと気を引けないのかよ」 「……ごめんなさい」  絞り出した謝罪は叱られた子犬のようである。反論する余裕もなかった。本当に忘れたくてケリをつけたのに、容易く負けてしまった。  俊輔は「謝るくらいなら最初からするな」と嗾けてくる。  それでもまだ言い足りないのか、航に構わず説教を始めた。 「大体、大学生の頃から守ってやったのは誰? 俺だろ? お前には俺しかいないだろ。何、他のアルファに取り繕ってんだよ。ちょっと優しくされて思い上がってた? 別に、アルファなんてヤれそうな奴いたら平気で親切ぶれるから。調子に乗って後で傷つくのはお前なんだよ」  渾渾と咎められ、ひたすら謝った。  それでも気が治らない俊輔は話を止めるつもりはないらしい。 「アルファだったら誰でもいいみたいなの、本当にやめて? 恥をかくの俺じゃん? そういうの考えて行動してくれよ。男のオメガで珍しいからって適当に媚売ってんなよ」  二本目の煙草を吸い終わると、航のスマホを手に取り自分の連絡先を登録した。  そして友人の服を取り上げ、自分の着ていたシャツをベッドに放り投げると帰っていった。

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