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第4話 逃れられない

 ベッドから動けなくなってしまった航は、俊輔のシャツを床に叩きつけ、枕に顔を埋めた。  逃げられない。どれだけ岳斗が気を遣ってくれても、俊輔からは離れられない。それが自分に課せられた運命なんだと思い知らされたように感じた。やるせない思いに一晩中泣き明かした。  数日、大学を休んでマンションに籠って過ごした。  俊輔からの連絡が怖くてスマホの電源は落としていた。  万が一またマンションに乗り込んで来たとしても、自分に逃げ場など何処にもない。  悲しみよりも悔しさや虚しさが募る。  所詮、オメガはアルファの言いなりにしか動くことを許されない人種なのだと痛感した。  一人になれば少しは楽になれるかもしれないと思ったが、日に日に苦しさは増す一方で、リラックスできるはずのマンションがやけに窮屈に感じた。  久しぶりに大学へと向かう。  泣き腫らした顔は悲惨なものだったが、どうしようもなかった。  岳斗は航の顔を見るなり目を丸くし、駆け寄る。 「どっ、どうしたの!? 顔、酷いよ。連絡もつかないし、マンションに行っても出ないし」  岳斗が訪ねてくれていたことには本当に気付いてなかった。謝罪をし、多分寝ていたのだと説明した。  航の首元に鬱血の痕を見つけた岳斗は事態の全てを察したようだった。 「もしかして……無理矢理?」  無言で頷き答える。  みるみる顔色を失っていく岳斗は「酷過ぎる」震えながら手を伸ばし、そっと首に触れようとした。  心底心配してくれる彼に頼りたかった。  俊輔に抱かれている間、ひたすら岳斗の名前を頭の中で繰り返していた。  縋りたい。この安らげる場所に飛び込みたい。しかし…… 「ダメだ」  岳斗の手を払い除け、一歩距離を取る。 「やっぱり僕には俊輔くんしかいないんだ」 「あの人は航のことを大切になんかしてくれないのに?」  クッと喉を鳴らす。  反論できない。でもこれ以上怒らせるわけにはいかなかった。  岳斗に被害が及ぶのも避けなければならない。航は岳斗に背を向け、肩を振るわせた。 「と、とにかく、俊輔くんと仲直りしたんだ。だから、君は他の人と番になって」  自分で言っておいて後悔の念が押し寄せる。本心なわけはない。  岳斗が他の人のところに行ってしまうと考えただけで、胸が締め付けられるように痛い。  岳斗との明るい未来を想像していた。しかしそれは空想にすぎない。  期待するな、現実を見ろ、自分はオメガなのだ。ここで甘えれば、岳斗に頼りっきりになるのは目に見えている。  また一人の生活に戻ればいい。発情期だってずっと一人で乗り越えてきた。  自分のせいで誰かを怒らせたり傷つけたりするのはごめんだ。  教室を飛び出して走り去る。未練を悟られてはいけない。  運命と違う未来を望んではいけない。 「待てよ!!」  追いかけてきた岳斗が肩を引く。 「そんな一方的に言うなよ。なんで自ら険しい道を選ぼうとする? なんで航ばかりが苦しい思いをしないといけない? 俺にしてよ。俺に守らせてよ。もう、航の傷付いた顔なんて見たくないんだ」  背後から抱きしめられる。力強く、優しい体温に包み込まれ、穢れた心も身体も浄化されて行くような気がした。  何もかもを投げ出し、自分の全てを岳斗に捧げたい。  そして、彼から注がれる愛に陶酔していたい。 「俺ね、航が運命の番だって分かってて行動に出なかったのを後悔してるんだ。躊躇う必要なんてなかったのに。何処かで恋人と番になるんだろうなって、邪魔しちゃダメだって思い込んでた。でも今、幸い君はまだ誰の番でもない。航が笑う時も泣く時も、寝ている時だって、隣にいるのはいつだって俺がいい。だから、俺を選んで」  抱きしめた腕に一層力が籠る。  今すぐ振り向いて、自分も好きだと伝えたい。  でも…… 「だめ……ダメだよ」

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