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第5話 溢れ出す本音

「本気でそう言ってる?」  いつもなら航の言葉に深追いはしない岳斗が、珍しく食い下がらなかった。 「な……んで……。だって、俊輔くんはやっぱり僕のところに帰ってきたから……」 「そいつが、本気で航と番になろうとしているとは思えない。本気でそう決めてるなら、もうとっくにそうしている」  正論を言われ、黙り込む。発情期が来るたび『今度こそ……』そう期待しては傷付いた。  頭の中では分かっている。連絡がつかないのを怒っていた俊輔だったが、それは航との関係を危惧したものではなく、反抗した態度に激憤していただけなのだと。  それでも俊輔に逆らえるほど航は強くない。  俊輔が大学生の頃は、本当に男のオメガである航を守ってくれていた。あの時の優しさを、どこかで忘れられないのもあるとは自覚している。本当は優しい人。自分が逆らったりしから怒っただけかもしれない。  ……違う。分かっている。愛情がないのも、アルファだから傲慢に振る舞っているのも、全て頭では理解している。何度もこの思いを交互に巡らせては悩んできたのだ。  優柔不断な自分にも嫌気がさす。  逃げられる強さがあれば、迷わず岳斗の手を取れるのに……。 「でも、番になる約束は生きてる」  言い訳がましい反論は、なんの説得力も持たない。 「信じてないくせに」  岳斗は航の言葉を簡単に跳ね除けた。 「あいつのことなんか、君が一番信じていないくせに」  鋭い言葉が突き刺さる。  ——信じていた、最初は。  男のオメガでも、番になってくれる人がいると浮かれていたのも確かだった。 「僕だって……僕だって、こんなことになるなんて思ってなかったよ! 何もかも分かったように言わないでよ。世間体も悪くて、番がいなきゃ生きていけないオメガが、誰かを頼るのっていけないことなの? 一人にされる苦しみをアルファが理解なんてできっこない。約束が嘘だったとしても、縋る何かがないと、不安に押し潰されそうになる」 「だったら酷いことをされもいいって?」 「……そうだよ。世間は表向きには理解を示していても、実際は違う。所詮はオメガだって視線は完全にはなくならない。本能には抗えないし、アルファのフェロモンを嗅いでしまえば好きじゃない人にも体は反応する。——最低だよ。最低の人間だから、酷いことされても仕方ない」  岳斗の言葉に反発心が芽生え、勢いこんで怒鳴ったものの、見事に尻すぼみになって項垂れる。 「オメガだから、オメガなんて……航はそんな風に言われ続けてきたんだね。でもさ、オメガだったら何にも出来ないの? 君は今まで発情期だって一人で乗り越えてきた。恋人がいなくても、辛さをちゃんと乗り越えられる強さを持ってるじゃないか」 「それは……俊輔くんが間に合わなかったから仕方がなかったってだけで。本当は来て欲しかったよ」 「本当かな? 俺には最初から恋人を待ってなんかなかったように思えるけど。これからもそう言って誤魔化すの? 自分の幸せを諦めて、オメガだから仕方ないって言い訳して逃げるの?」 「じゃあ、どうしろって言うんだ? 教えてよ。好きだった俊輔くんが今では怖くて、逃げられなくて、逆らえなくてこの様。これが現実。こんな僕に、どんな未来があるって言うんだ?」  自虐的に言って余計に辛くなる。  これ以上、惨めになりたくない。  岳斗は背後から抱きしめていた腕を解き、対峙させた。  両手を肩に置き、言い聞かせるように顔を覗かせる。 「航の未来は、君自身が決めるんだ」 「そんな……の……できない」  自信のなさが声量と比例している。  そんな航から、力強い眼差しを逸らさず岳斗は続ける。 「どうしたいのか、それは航自身しか知り得ない。例え恋人でも、航の未来を奪うなんて許されない。君はどうしたい? どんな未来を夢見ている? 君が望めば、叶んだ」  言ってみろと、更に顔を寄せる。 「僕の、夢見る未来……」 「そうだ。君は誰と番になりたくて、どんな自分になりたい?」 「……オメガが、望んでもいいの?」 「勿論だ。だって君はしっかりと意志を持っていて、それを伝えられるじゃないか」  そう言われてハッとした。  岳斗は航に本音を言わせるために、わざと煽ったのだと。  俊輔の目を気にして、穏便に済ませようとするあまり、自分の気持ちを押さえ込んできた。  岳斗への気持ちを自覚したにも関わらず胸の奥にしまい込み、鍵をかけてきた。  航とて、それでは何も解決しないと知っていた。  息を飲み、岳斗を見詰める。  本当に口に出してもいいのだろうか。オメガのくせにと笑われないか、無謀だと馬鹿にされないか、不安が過ぎる。  しかし今まで、誰がそうしてきたのだと考えを改めた。オメガだからと諦めさせていたのは俊輔しかいない。  航を守ると言いながら、出来損ないのオメガだと洗脳してきたのは紛れもない俊輔だけだ。  岳斗がこれまで航を馬鹿にしたことなどなかった。いつだって心配してくれて、褒めてくれて、楽しませてくれる。  この人なら……この人だからこそ信じられる。

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