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Act1.帝光学園 乱闘騒ぎ4

 僕は手の中に出現させた糸切りリッパーを握りしめた。  すると太郎ちゃんに肩を掴まれる。彼は険しい顔つきをして首を左右に振った。  信濃さんが不思議そうに、こちらを見つめてくる。  太郎ちゃんのいわんとしていることは理解できる。  でも、この状況を見過ごすわけにはいかない……と思っていれば、風紀委員の人たちがやってきた。  風紀委員の人たちは慣れた様子で逃げ遅れた人々を救出し、暴走している三つ子をなだめ、捕獲しようとする。 「桐生彩都、また、おまえか」  風紀委員長である三年の(たて)先輩が、あからさまに、いやそうな顔をして舌打ちをする。  合気道をやっていて体格がいいだけでなく、上背のある彼の顔を見上げてから頭を下げた。 「……ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」 「おまえのいるところに騒ぎありだな。どんな魔法や権力を使って生徒会の連中を操っているのか知らんが、はた迷惑だ」  悪意のこもった言葉に息を飲んだ。 「そんなことしていません!」と反論の言葉が、のど元までせり上がってくるのを手を握りしめる形で、抑える。 「委員長様、いくらなんでもその物言いはあんまりです! これには深いわけがあるんです」と太郎ちゃんが抗議する。  しかし彼は冷めた目つきをして「深いわけ、か」と腕組みをした。「理由など、どうでもいい。おれが言いたいのは、こうやって仕事を増やされては困る。それだけだ。後で始末書と反省文、それから食堂の破壊された物品の請求書を出すから覚悟しろ」 「先に喧嘩をふっかけてきたのは、あちらですよ!? 信濃さんを床に突き飛ばして、守家くんに怪我を負わせたんですから!」  眉を八の字にして信濃さんが、僕らの動向を静観している。  楯先輩は彼女をチラと見てから「それがなんだ?」と()(そん)な笑みを浮かべた。「()(とう)太郎、おまえが桐生に一言『他校と、この学園は違う。不用意に生徒会に近づくな』と言っていれば、このような事態は防げたのだ。まさか自分には責任がないと思っていないだろうな?」 「――連帯責任なんですね」 「そうだ。それとも、おまえは桐生に無理やり引っ張り回されて、この茶番劇につきあわされていたのか? それなら同情の余地もあるが、優柔不断で、即断できないおまえに、やはり責任がある」 「委員長様、いくらなんでも、そのような言い方は、どうかと思います」  手を胸の前で交差した信濃さんが、助け舟を出してくれた。  だけど、「信濃、おまえが生徒会補佐である荊棘切の付き人だから、今の言葉は聞かなかったことにしておく。だが発言には注意しろ、一般人ども。おまえら無能な能力者には本来、人権なんてものはないのだから」と傲慢な発言をする。  途端に信濃さんは目を伏せ、太郎ちゃんも顔を強張らせ、手が赤くなるほど強く握りしめた拳をかすかに震わせていた。  ふたりが悲しみ、傷つく姿と楯先輩の発言に驚愕させられる。  荊棘切さんの付き人をしている信濃さんの能力はハウスキーパー。掃除や洗濯、料理などを超能力で時短できること。性格や人柄がいいと女子からの評判もよく、荊棘切さんに大切にされ、ほかの付き人の人たちとの関係も良好だと聞く。  太郎ちゃんは国のIT推進庁に雇われたホワイトハッカー。七歳で国外の大学院で博士号を取得している天才だ。彼の超能力、雲隠れの能力により両親とのいざこざが起き、逮捕される経緯に至った過去持ちだけど、やさしい。世間知らずな僕の友だちになってくれて、何度も危機に陥ったときに助言してくれたし、助けてくれた。  だけど楯先輩は、彼らの中身や後学的に努力で手に入れたスキルに最初から興味がない。彼らの生まれや自分ではどうしようもない割り当てられた立場しか見ていないのだ。  これが兄さんや不知火先輩、(なる)(かみ)さんたちの忌み嫌っていた超能力差別か、と心苦しくなる。  風紀委員の人たちは大ダコの触手により縛り上げられている伊那とルークを助け出そうとしたが、まったく歯が立たない。  彼らは風に巻き上げられる木々の葉や花びらのように飛んでいき、床や壁、天井に身体を打ちつけた。 「委員長、彼ら、なんだか様子がおかしいですよ! これじゃあ、わたしたちのほうが全滅になっちゃいません!?」  風紀で救護者(ヒーラー)をしている(くさ)()さんは、完全にのびている、風紀委員たちの回復・治癒をしながら慌てふためく。 「何かしらのドラッグや危険薬物でもやっているのか? 学園に登録されているデータよりも格段に能力が強いな」  しかめっ面をして楯先輩は電子グラスをかける。空中に表示された彼らのデータを見つめながら、あごに手をやる。  彼の何気なく口にした言葉に僕の背筋は凍りついた。  ――やっぱり、あいつらによって、もう種は撒かれている。  僕と太郎ちゃんは顔を見合わせた。  しかし、部外者の多いこの場で話すことは、はばかられ、お互いに口をつぐんだ。 「致し方あるまい。後は頼んだぞ、荊棘切」 「お任せください、委員長様」  声のしたほうを見れば、紅茶色の目を細め、口の端を上げている荊棘切さんと、ぎょっとした顔をしているポニーテールヘアの少年がいた。

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