13 / 20
Act1.帝光学園 乱闘騒ぎ5
右手に聖獣専用の紋章が入った銀性の拳銃を手にし、左手に青いふたがされた試験管を手にした荊棘切さんは助走をつけて走ると椅子、テーブルをステップ台代わりにし、軽やかに宙を舞う。
トリガーを引き、弾丸を二発大ダコの触手に向けて打ち込んだ。
タコの触手が痺れ、伊那とルークを縛りあげていることができず、放した。
「守家、友禅、さっさとどけ!」
「言われなくても、わかってるっつーの」
「ありがとね、生徒会補佐くん」
そうして荊棘切さんが試験官のふたを開け、大ダコの頭に液体を掛けると、大ダコはみるみるうちに小さくなっていく。そうして水族館や、お魚屋さんで目にした通常のタコと寸分違わないサイズになってしまったのだ。
「ぼっ、ぼくの聖獣が、ただのタコに……」と大ダコの主が泣き始める。
「いっ、荊棘切! おまえ、アンチ王道転校生に味方するつもりか!?」
地面に着地した荊棘切さんが、靴底を鳴らして、三つ子のほうへ少しずつ近づいていく。
「桐生の味方だと? 世迷い事を言うな。俺は、おまえたちのせいで朝ごはんを食べられなくなった生徒や働けなくなっている職員の方々の味方だ」と彼はリボルバーを回し、弾丸を装填する。
「なんで風紀と一緒になって、おれらを攻撃しようとするんだよ! おまえだって生徒会の端くれだろ!?」
「生徒会の端くれだからだ」と単刀直入に言う。「親衛隊は、ただ生徒会メンバーを崇拝し、チヤホヤすればいいわけではない。仕事を放棄した生徒会メンバーに苦言を呈し、意見申し立てを行う職務だ。それを放棄し、転校してきたばかりの桐生に手を出した。ほかの人間たちへ害をおよぼしかねない暴走行為を行ったんだ。親衛隊から追放され、停学または退学処分を理事や校長から言い渡されても文句のつけようはない」
荊棘切さんの言葉を耳にして三つ子は遂に暴走を止め、顔を青ざめさせた。
パチパチパチと拍手する音が聞こえ、僕たちは音のするほうへ振り向いた。
「すばらしいよ、頼人。聖獣用の弾丸で大ダコに捕らわれた生徒を救出し、弱体化の薬品でこれ以上の被害を食い止める。さすがだ。やはりオレの目に狂いはなかった」
「不知火先輩!」
生徒会会長である不知火先輩が拍手をやめ、会計である土井先輩とともに、こちらへ向かってくる。
「……会長」と三つ子のひとりが震え声で、つぶやいた。
「遅かったな、不知火。遊び呆けているやつは好きな時間に朝食をとれて羨ましい限りだ」
楯先輩が憎々しげな様子で嫌味を口にする。
「楯、人聞きの悪いことを言わないでくれ。少なくともオレとサフラは生徒会顧問の許しを得て、現在生徒会の活動を自粛中の身だ。サボっているわけではない」
「何?」
不知火先輩が涼しい顔をして発言を受け流すと楯先輩は訝しげな目つきをして訊き返した。
「楯委員長、これが生徒会顧問の直筆サインと拇印つきの書類です。疑うのならAIを使用して筆跡鑑定や指紋の鑑定を行ってください」
土井先輩が透明なバインダーを手渡そうとするが、「必要ない」と一刀両断する。「顧問に直接訊けば、わかる話だ」
「先生も何かと、お忙しい様子でいる。子どもの数が減っても業務は増える一方だからな。大方、情報共有をし忘れたのだろう」
「相も変わらず生徒会は、お気楽だな。この惨状を見て何も思わないとは」
不知火先輩と土井先輩は親衛隊たちを呼び、親衛隊長に命じて三つ子を職員室へと連行していく。
瓦礫の山を前にした荊棘切さんは、炊いたお米を冷凍庫へ入れるタッパーのようなものを取り出した。ふたを開け、ドロドロの茶色い液体をひび割れた床へ落とす。
「土くれよ、人の形を持ち、我の手足となれ――ゴーレム」と彼が言葉を掛けると、泥はスライムの魔獣のように頭をもたげる。成人男性ほどの大きさになり、顔のない泥人形が四体出現した。
彼らの額に荊棘切さんは文字の書かれた紙を貼りつける。
「ここをもとの食堂に戻せ」
彼の命令を受けると泥人形――ゴーレムたちはうなづき、両手をかざした。
ものの十秒もしないうちに建物の外観の半分以上が、もとの姿を取り戻す。
そうして荊棘切さんはポシェットから黄緑色の粉の入った小瓶を取り出してゴーレムたちに配った。
「これを壊れているガラスや食器に振りかけろ。有機物の再生は無理でも無機物の再生は行える」と伝える。
ゴーレムたちは素早く動き、四方から粉を振りかけた。
扉のガラスや食器はもとの形へ変化し、動物のようにひとりでに動いて、自分が設置されていた場所へ帰っていく。
木でできた看板の残骸や生徒たちの食べかけといったものだけが残る。
「これで桐生への請求費も大分少なくなるな」と不知火先輩が快活に笑った。
大きく舌打ちをして楯先輩が「余計なことを」と忌々しげに独り言を口にする。
「桐生への反省書や始末書の対応は、オレが対応しよう。助かったよ、頼人。そういうわけだから、しばらく、おまえに苦労を掛ける」と不知火先輩が荊棘切さんの労をねぎらう。
だが彼は、眉を寄せ、口を閉ざした。紅茶色の瞳で不知火先輩を見据え、怒りや悲しみといったものを目で訴えているのだ。
しかし不知火先輩は荊棘切さんの無言のメッセージを無視し、応えようとはしない。
ともだちにシェアしよう!

