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第一話-3

 伊佐治は二、三杯飲んで、客もキャストも気持ちいい辺りで退店する。いつも同じ調子。機嫌がいい悪い、気持ちの浮き沈み、そういった当たり前にある人間の起伏を見せないで、ただ楽しく酒を飲むために来る。  地大のどこに惹かれて指名するのか、正直なところわからない。この店では、少し無礼であけすけなところが面白いと客には言われる。それが地大の性格でもあるから、なるべくその側面を出すようにはしている。 「伊佐治さーん、また来てねー!」  出入口まで見送り、地大が手を振ると、伊佐治も手を振り返した。その隣で、望は行儀よく頭を下げる。  両開きの重々しい扉が閉まり、完全に見えなくなるまで地大とユウトは二人に手を振った。 「お疲れでしたー」  ユウトは切り替えるようにぽんと手を叩くと、メイクを直しに控え室に入っていく。  地大は、いつもより酒が多く入った頭で、同じように控え室に帰ろうとした。その途中で足が止まる。名残惜しくて、気付くとぼんやりと店内に戻っていた。片付けはスタッフがする。控え室で支度をして次の客を待たなくてはならない。  薄く霧がかかる脳裏に、再会したばかりの望が思い起こされる。  小学生の時は大人しくて、周りを気にするようにおどおどしていたのに、皆が理想として抱くような社会人になっていた。昔は背の順も小さい方だったし、ひょろひょろだったのに、華々しく変身した王子様のようだ。 「ずりい……」  あんな姿で現れたら、平静になんてできない。  地大の気持ちを無視して、周囲の笑い声が騒がしく響く。世界から取り残されたように、散らかったテーブルを見下ろした。 「すみません、ここにスマホを忘れたかも……」  その中で、一条の光のように、一直線な声が聞こえる。  地大が振り返ると、テーブルの入り口に望が立っていた。 「……あ」  咄嗟に言葉が出てこない。  口を開けて困惑している地大をまっすぐに見据えて、望は周囲の声に掻き消えてしまいそうな声で呟いた。 「地大くん」  突然呼ばれた名前に、地大は勢いよく顔を上げた。  昔のように、望はどこか窮屈そうにはにかんでいる。 「小学校の頃よく遊んだ、藍原地大くん、ですよね」  店では『ヒロ』としか名乗っていない。それも考慮してだろう、望は地大に一歩二歩近付き、周囲に聞こえないように囁く。  自分の気持ちが言葉になるより速く、地大は望に抱きついていた。 「あ、の……」  困惑している望のスーツを、ぎゅっと掴む。 「望」 「……はい」  小学生の頃のように呼べば、望は波打つ声で返事をした。 「久世、望」 「……そう、だよ。地大くん」 「……うん」  憶えていた。そして、わかっていた。  全身が熱くなる。  地大は望の肩口に顔を埋めた。赤くなる顔を見せたくないだけだったのに、スーツの襟元から香るにおいで、さらに熱が増す。薄いシャツ越しに自分の熱が伝わってしまわないか怯えつつも、離れたくないと思った。  酔って締まりの悪い口は、気付いたら次の言葉を紡いでいた。 「泊めて」 「え?」 「泊ーめーてー」  甘えるように額をぐりぐりと押しつける。  抱きしめる力を強めると、望は明らかに狼狽えた。 「ち、地大くんっ」  こんなに身体を密着させる店ではないと、望も伊佐治から聞いているだろう。  早くしないと、テーブルを片付けるスタッフが来る。 「……」  地大は多くを告げなかった。言い訳はたくさん心の中を回っていたけれど、口にするのは億劫だったし、望なら泊めてくれる気がしていた。勘でしかなかったが。 「……わかりました」  望が地大の肩に手を置き、優しく叩く。無理に引き剥がさない紳士的なやり方が、今の望という人を物語っているようだった。    * * *  客と同じタクシーに乗ったのを見られると面倒なので、地大は着替えて何食わぬ顔で裏口から出た。一つ向こうの交差点で待つ望と合流する。  平日の深夜、帰宅ラッシュが一息ついた街は、静けさを取り戻していた。  特に会話もないままタクシーに乗ること十数分、大きなマンションの前で望は車を停めた。  都心の夜空に向けてそびえるマンションを地大は見上げる。何階建てだかすぐにはわからない、つるりとしたガラスと金属の外観は、どこか望と似ている。  支払いを済ませた望に連れられて、エントランスを抜け、オートロックの先へと進んだ。  たくさんのボタンが並ぶエレベーターで、望は『8』の数字を押す。 「掃除してないですけど」 「だいじょーぶ。オレの部屋より絶対キレイ」  建物の中にある廊下から、望は一つの扉に鍵を差し入れた。  言い訳をする望に、地大は大きな声で笑い、それから声量に口を覆う。  招かれた望の家は、掃除していないというのが嘘かというほど塵一つなかった。大理石調の玄関は靴や傘が綺麗に収納されている。そこから白いフローリングの廊下がのび、摺りガラスでできた引き戸を開けると、広いリビングダイニングがあった。 「適当に座ってください。お水、飲みます?」  カウンターキッチンの傍には四人掛けのテーブルがあり、奥のリビングには上質なラグやソファーが置かれている。  大企業の御曹司だけあってインテリアが一級品なのはもちろん、毛足の長いラグにもマメに掃除されている形跡がある。ステータスだけじゃない。丁寧な暮らしをしているのが見てわかった。 「んー」  地大が生返事をすると、望はグラスにミネラルウォーターを注ぐ。  ラグに座った地大まで持ってくる甲斐甲斐しさに、地大の意地の悪さが顔を出した。 「飲ませて」  望の顔が苦くなるのが、地大にはなんとも楽しい。 「……地大くん」 「吐いちゃうかも」 「……まったくもう」  地大が「ん」と首をのばすと、望はグラスを地大の口元に近付ける。噎せないように、そっと水面を地大の唇に寄せた。薄紅色の唇が水に吸いつき、喉の奥に飲み込まれるのを見て、望はグラスの傾きを調整している。 「ん……んっ……」  冷たい水を飲んで顎を引くと、望が持つグラスは地大の唇から離れていった。  瞳を上げると、頬を赤くした望がじっと地大を見つめている。視界を下げると、スラックスの股座に張りつめた皺が寄っていた。 「望クン~? あれ~?」  地大は煽るようにゲスな声で、望との距離を詰める。  グラスを置いて後じさる望を壁際に追い詰め、股間の盛り上がりを触ると、それはすでに芯を持ち始めていた。 「どうしたの? オレで勃っちゃったの?」 「そ、れは……」 「望も男イケるクチ? それとも仕事忙しすぎて欲求不満なの? のんちゃん、ザコすぎない?」  俯いた望の視界に入るように、わざと至近距離で膝をついた。  鼻先にあるバックルの下、ジッパーの向こうに膨らんだ望の欲望があると思うと、地大も自然と顔や首が熱くなる。 「ちょっと、地大──」  望の弱々しい制止を無視して、地大はベルトを外した。期待と緊張でジッパーを摘まむ指先が小さくふるえる。  スラックスとボクサーパンツを一緒におろすと、望の性器が零れ落ちるように地大の鼻に当たった。蒸れた男のにおいに、身体の奥が甘く疼く。  血管がくっきりと浮いた竿が、確かに地大の眼前にそそり立っている。 「のぞむ……」  鼓動がうるさい。呼吸の音も。それだけで、思考がとける。  地大は吸い寄せられるように、赤く充血した先端に口づけた。望がびくりと跳ねる。  酒で感覚が鈍くなっているのに、望の息遣いも、熱も、においも、全て鋭敏に感じる。これを求めていたんだ、と地大は確信した。いろんな人と付き合って、いろんな人とセックスをした。それでも、不意に思い出す幼い望の姿に、恋心は昇華されないまま、ずっと引っかかっていることを知った。  酔いに任せてでいい。明日は忘れてしまっていても。 「ホントはダメだけど、特別にごほーししてあげるよ。あんま早く出すなよ、ザコのんちゃん」  吸いつくと、鈴口からじわりと汁が滲む。地大は、ぱく、と望の陰茎を咥えると、包み込むように咥内で扱いた。舌で裏筋を舐めて、根本に手を添えると、上空で望が息を零すのがわかった。  地大の後孔も無意識にひくりと蠢く。 「ん、ひもひい(きもちい)?」  ちゅぱ、とわざと音を立てて口を離すと、びく、と望の陰茎はふるえる。  唾液を溜めて塗りたくるように、硬さを増した竿を舐った。皮の下から浮き出る血管をくすぐり、亀頭をくるりと愛撫する。 「地大くんは、こういうの、好きなんですか? その、男のを、しゃぶるのが」  荒い息の途中に、望がそう訊ねた。  地大が口を離すと、舌と先端の間で糸が引く。まさか、客にこうしているなんて思われたくない。事実、地大はオーナーからの肉体関係禁止を守っている。 「んん、特別だって言ったじゃん」  だが、酔っていても想いを告げることはできず、思わせぶりに答えて、また竿に吸いついた。  奉仕する地大の熱も上がる。自分の行為で望が興奮していると思うと、嬉しさで頭が沸き立った。容姿も性格もステータスも完璧で、女性だろうと男性だろうと引く手あまただろうに、そんな望がただの幼なじみである地大に勃起させているという事実が、たまらなく嬉しい。  どく、どく、と脈打っているのが、自分の心臓なのか、望の性器なのか、地大には判別がつかなかった。わからないくらい、望の性器と咥内で接合して、熱を共有している。  地大の秘部にも熱が集まる。触りたい。触ってほしい。もどかしい気持ちに乱されながら、地大は顔を前後に動かした。  望も更なる快感を求めてないだろうか。地大がそう思った時、急に頭の両脇から強い力で掴まれた。 「んぅ!」  望を見上げようとすると、喉の奥まで性器が押し進んでくる。 「ぐ、ぅうっ」  喉を塞がれ、思わずえづきそうになった。  反射的に体液を分泌する鼻から慌てて空気を吸うと、さらに奥へと押し込まれる。  熱い。どちらともわからない拍動が痛い。  目の前には望の鍛えられた下腹部が見えた。自然と出てきた涙で揺れる視界を上げると、望の顔がやっと見える。  望は微笑んで、地大を覗き込んでいた。 「ほら、もっと締めて」  低く這う声で、命じる。  背筋が戦慄いた。  嬉しくて。  苦しくて仕方ないのに、喉奥をしぼり、陰茎をぎゅっと抱きしめる。 「ふふ」  望は小さく笑い、地大の耳に髪をかけると、咥内を無遠慮に行き来する。ぐちゅ、ちゅぼ、とはしたない音を立てて、唾液と先走りが口の端で混ざり、泡立った。 「んぐ、んっ、ぅうっ」  喉の奥を突かれながら、望とのアナルセックスを想像する。この太い竿が、張ったエラが、ナカを暴れて、奥の奥に亀頭をねじ込まれたら、どれだけ気持ちいいだろう。  そう思うと、地大は喉で望の性器を扱いていた。苦痛に喘ぐ頭は朦朧とした中で悦楽を導き出す。自分の股座で切なく勃ち上がっているのも、痛いほどわかる。 「十数年ぶりに再会した友達の竿しゃぶって、そんなに興奮する? ド変態だね」  上体を折り曲げて地大を見下ろす望が、おかしそうにクツクツと声を上げた。  涙の膜の向こうで、望が仄暗い笑みを湛えている。  ぞわぞわと地大の背中が粟立った。きゅぅ、と何も咥えていない後孔が収縮する。  ──コレ!  ずっと忘れられなかった、欲しかったものに再会する。  地大はめいっぱい亀頭を吸い上げる。同時に、望の腰の動きも速くなった。 「んっ……出すよ。ちゃんと飲んでね」  あくまで穏やかな声音のまま、望はそう告げる。  陰茎が膨れて、喉の奥で弾ける感覚がした。  必死に吸いついて射精を促し、吐き出されたものを嚥下したことだけは憶えている。  酒のせいか、刺激のせいか、はたまた自分も達したせいか。  地大の意識はそこでぷつりと途切れた。

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