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第8話 もう声も出ない

「……っ」 「俺が戻ってくるのがあと一瞬遅かったら死ぬところだったんだぞ!」 ついさっき目の前でいとも簡単にどでかい魔物を二体も屠って返り血を浴びている魔王みたいな男に詰め寄られて、オレはもう声も出ない。 デカイし、殺気立ってるし、魔物より強いのこの目で見ちゃったし……失禁してないのが不思議なくらいにガクブルだ。ちょっと気を抜くと泣きそう。色んなところから勝手に出そうな水分を必死で堪えていたら、徐々に最強魔法騎士様の勢いが弱まってきた。 やがて気まずそうな顔になった最強魔法騎士様は、ポツリと言う。 「……すまん、つい声を荒らげてしまった」 「……?」 最強魔法騎士様の気まずそうな視線の先を追ったら、地面に座ったままの自分の全身が面白いくらいに震えていて、オレは自分がひたすら情けなくなった。 「さっきの魔物を見ただろう? 明らかに君を狙っていた……本当に君が結界から出ると危険なんだ。次は間に合うか分からない。頼むから、結界から出ないでくれ」 「……」 さっきまでとは違う、柔らかな声。助けてもらった上に気を使わせているのが分かってせめて返事をしたいのに、喉がカラカラに乾いていて声が出ない。一生懸命に頷いて見せた。 さらに気まずそうな顔をした最強魔法騎士様は、オレの傍に膝をついて申し訳なさそうに言う。 「……その、怖がらせて悪かった」 まさか謝らせてしまうとは。謝るならこっちの方なのに、申し訳なくて一生懸命に喉から声を絞り出した。 「悪いのはこっちで……ごめん、結界から出ちゃって……」 やっと声が出たことにホッとする。 最強魔法騎士様もホッとしたのか、表情がちょっと和らいだ。 「そういえば、なぜ、結界から出たんだ?」 「なんか、役に立ちたくて……飯の用意しようと思ったけど、この結界の中、小枝すら落ちてなくて」 「ああ……」 すぐ傍なら大丈夫だと思ったんだ。魔物が現れたら結界に逃げ込めばいいって。でも、全然大丈夫じゃなかった。オレは最強魔法騎士様に突き飛ばされるまで、魔物が近づいてるなんて気づきもしなかった。 最強魔法騎士様の言葉通り、彼が戻ってくるのがあと一瞬遅かったら、オレはきっと魔物に襲われて無残な死体になっていたんだろう。 「そうか、野営の準備をしようとしていたのか。ありがとう」 しかも、最強魔法騎士様ときたら、お礼まで言ってきた。こんなに強くて人間もできてるってどういうことなんだよ。 どこまで最強なのかと思ったら、なんかもう笑えてきた。 「でもまだなんもできてねぇんだ。迷惑かけただけになっちゃってごめん」 素直にそんな言葉が出た。 「いや、俺も焦っていてろくに打ち合わせもせずに飛び出して行ったから」 「焦ってた?」 最強魔法騎士様でも焦ることなんてあるんだな、なんて思いながら「なんで?」と聞き返すオレに、彼はちょっとだけ困った笑みを見せた。 「話せば長くなるんだが……そうだな、ちょっとだけ待っていてくれるか? さっき倒した魔物を回収してくる。そのあとゆっくり話そう」 もちろんオレに否やはない。 最強魔法騎士様が結界の外に置いてきてた魔物たちの骸を回収して、マジックバッグに保管している間に、オレはなんとかゲットできてた小枝を折って火をつける。 焚火ができるとなんとなくホッとした。 鍋とコッフェルを火にかけ、簡易的な調理台も組み立てて用意する。あれだけデカい魔物を倒してるんだ、たっぷり肉が食えるだろう。 そうこうしてるうちに最強魔法騎士様が戻ってきた。 「待たせたな」 僅かに微笑んで見えるけど、魔物の返り血がすごすぎて色男が台無しだ。 「血がすごいよ。気持ち悪くないのか? とりあえず浄化したら?」 転移魔法まで使えるようなヤツが浄化できないわけがない。そう思って気軽に言ったら、最強魔法騎士様は自分の体を見下ろして困ったように眉根を寄せる。 「実はもうあまり魔力が残ってない。あとで魔物を解体してから纏めて浄化しようかと思ったんだが、やっぱり気持ち悪いだろうか」 「オレがってわけじゃなくて……えっと、もし良かったらオレが浄化しようか?」 「いいのか?」 「オレ、魔力だけはめちゃくちゃあるから。その代わり何回か失敗しても良ければ、だけど」 浄化でさえもうまく発動できないってところを最強魔法騎士様に見られるのは正直恥ずかしい。 でも、もうあんまり魔力も残ってないってのにオレを助けるためにあんなデカい魔物と渡り合ってくれたのかと思ったら、できることくらいはしないとバチがあたる。 数回失敗したけどようやく浄化魔法を発動できてホッとする。 最強魔法騎士様は文句を言うわけでもなく、オレが失敗しつつも何度もチャレンジするのを大人しく待ってくれていた。 「ありがとう。おかげでスッキリした」 自分でやれば一瞬だろうに、お礼を言ってくれる最強魔法騎士様は、やっぱり気遣いの人だと思う。 「良かった。一個、役に立てたな!」 「一個どころか、水も火も用意してくれて本当に助かる。本当に魔力がギリギリだから、正直結界に回すのが精一杯だ。野営に使う魔力はなかったと思う」 「え!!?? そんなにヤバい状況!?」

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