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第34話 【アクセラード視点】勝負あった、そこまでだ
突然告げられた「そこまで」の声に、俺はハッとして動きを止める。
「勝負あった、そこまでだ」
父上の重々しい声に、俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。俺を牽制するようにじっと目を合わせたまま、父上は俺の目の前に歩を進め、完全に兄上との間を別つように位置取りする。
「父上、なぜ」
しっかり決着もついていないのに止めるなんて父上らしくない。そう思うのに、父上はゆっくりと首を横に振る。そして、静かに俺の右手に目を向けた。
「アクセラード、散らせるか?」
「あ……」
父上の言葉に、俺は自分の右手の炎の塊を見る。限界まで成長してしまった業火はもう今にもその場で爆発してしまいそうだ。
ここまで育ってしまったものは、もはや消そうとして消せるものでもない。放ってしまった方がいい。
「すみませんが父上も兄上も少し離れていただけますか?」
「うむ」
「あ、ああ」
ふたりが少し離れたのを見計らって、素早く結界を構築する。
それと同時に右手に纏った炎を勢いよく地に叩きつけると、その衝撃で炎の塊は激しく爆発して頭上に構築していた雷に無数の刺激を与えた。
轟音を立て、頭上から雷が雨のように降り注ぎ、結界の中では重なり合うような雷の轟音と閃光と振動と爆風とが巻き起こる。
地からの炎の爆発と頭上からの無数の雷。天と地からの攻撃は、敵の防御を無意味にしあらゆる障壁を貫通して致命的な一撃を与える……人の身を越えた兄上に相応しい、華々しく、今の俺が操れる中でも最も素晴らしい魔法だった。
「消すよりもこの方が早いので」
俺がそうひとこと言った瞬間、兄上がヘナヘナと座り込んだ。
「嘘だろ……あんな威力」
兄上が小さくそう呟いて、俺は我が耳を疑った。まさか、兄上がこんな弱々しい声を出すだなんて。
まさか、と思ったが兄上の顔色は青いを通り越して白かった。
これまで俺がどんなにボロボロになっても、冷徹な顔で罵りながら特訓をやめなかった鬼人のような気迫は、今やどこにもない。
青白い顔のまま、未だに結界の中で激しく轟く雷鳴を食い入るように見つめている兄上は、まるで知らない人のようだった。
そこに、突然の拍手が響いた。
「素晴らしい魔法だわ。アクセルは随分と鍛錬したのね」
母上だった。
「戦いながら魔力を練って魔法へと変換する……しかも、こんな高位魔法へ変換するなんて、並大抵の努力じゃないわ。母は貴方を誇りに思います」
「母上……」
母上の笑顔には一点の曇りもなくて、その言葉が本心からのものであることが容易に感じられる。
素直に嬉しかった。
「どうかしら、アクセルの実力をあなた方も感じられたのではなくて?」
「……」
青白い顔のまま俯く兄上は何も語らなかった。
けれどそれすらも俺には驚くべき事で。なにせ兄上は、こんな問いかけをされようものなら、今までは噛みつくような勢いで否定していたから……もしかして、少しは俺のことを認めてくれたのだろうか。
「……確かに、これならBランクの魔物をたったひとりで倒せてもおかしくない」
「父上!?」
父上の言葉に、兄上が驚愕の声を上げる。
俺も驚いたが、それ以上に兄上にとっては父上の言葉が衝撃だったのだろう。
「さすがに認めざるを得ないだろう。戦いながらあれだけの魔法を操れる人物を私は知らない。……ロイヤン、お前もこの魔法がとんでもない威力を持っているのは理解できる筈だ。私が止めなければ、お前は今頃確実に命を落としていただろう」
「まさか」
俺は思わずそう言ってしまったけれど、兄上が悔しそうに歯ぎしりするのを聞いて困惑する。
「……え? まさか、本当に……?」
「アクセラード、さすがにあれだけの範囲で天と地から雷と爆発に襲われればロイヤンやお父様でも避け切ることはできないわ」
母上が困ったように微笑む。
でも、父上ですら避けられないという言葉に、俺は信じられない思いだった。
「騎士は結界や身体強化が使えるわけではないから、当たってしまえば脆いのよ。お父様が止めなければ、わたくしがロイヤンに結界を張ったと思うわ」
「……」
言葉を失う俺に、母上は優しく微笑んでくれる。
「アクセルの魔法は素晴らしいけれど、対人であの魔法を使ってはいけないわ」
「すみません……ちまちました魔法じゃ兄上は避けてしまうと思ったから、魔力があるうちに大魔法で挑みたいと思ってしまって」
「そう、それが不思議だったの。アクセルはそんなに魔力が豊富なわけではないでしょう? どうやってBランクの魔物を大量に倒したり、シーサーペントを仕留めたりできたのかしら」
「Bランクの魔物は身体強化を重ねがけして、ほぼ剣技だけで倒せるんです。稀に他の魔法を使うくらいで」
「なんだと……!?」
「本当です。オレ、この目で見ても信じられませんでした」
イールがそう言うと、兄上は分かりやすく気色ばんだ。
「バカな……! あれしきでBランクの魔物をひとりで狩れるわけがない」
「今日は兄上が相手でしたので、剣技で勝てるとは思っていません。魔法を主で戦おうと思っていましたので、身体強化はほどほどにして、魔力を大規模な魔法に割り当てたのです」
「ほどほど……?」
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