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第35話 和解の日
「ではシーサーペントも?」
今度は兄上だけでなく、母上も疑問の声を上げる。俺は笑って首を振った。
そしてイールに微笑みかける。
「いえ、シーサーペントはもちろんそれだけではムリだと相対しただけで分かりました。シーサーペントに勝てたのは、イールがいたからです」
家族全員の視線がイールに向いて、イールはうろたえた顔をして俺を見上げる。
「イールはとんでもない量の魔力を体内に宿していて、しかも魔力譲渡でサポートしてくれました。そのおかげで大規模な魔法も立て続けに放つことができて……シーサーペントも難なく倒すことができました」
「難なくってお前……Aランクだぞ……」
「それだけの実力があるということだろう。あれだけ強力な魔法を立て続けに放てるのならば、シーサーペントを倒せたというのも納得だ」
「父上……」
まさか父上がそんなことを言ってくれるだなんて。驚きと感動で言葉を失った俺を、イールがにこにこの笑顔で見上げてくれた。
「アクセル様、良かったじゃん」
その笑顔に、なんだか心が軽くなったような気持ちになる。そうか、素直に喜んでいいのか、とそんなことを思った。
「本当に、強くなったんだな……身体が弱くて、よく寝込んでばかりいたのに」
感慨深げに呟く父上を、母上は笑い飛ばしている。
「あなたったら、いつのことを言っているの。ここ十年ほどは風邪すらひいていないわよ。まったくもう、あなたのその心配性なところ、なんとかならないの?」
「心配性? 父上が?」
いつもいつも厳めしい顔をして、俺が倒れるまで特訓をやめてくれなかった父上の印象とはあまりにも違う言葉に俺は思わずそう聞き返してしまった。
母上は仕方のない人ね、とでも言いたげな顔で父上を見て、俺に視線を戻した。
「そもそもお父様がアクセルをあんなに厳しく鍛えたのも、あなたの身体の弱さを心配していたからよ。冒険者になるのを反対しているのもそう。目の届くところにおいておきたいのね」
「……」
「けれど、アクセルはもう身体だってむしろ一般の方より丈夫なくらいだし、なによりこんなにも強くなっているし、身体だってシーサーペントまで倒せるほどの実力があるのですもの」
「分かっている」
苦い顔をしていた父上が、気まずそうな顔で俺を見る。
何かを言いたそうに口元が何度もぴくぴくと動いて、しばらくしてからやっと口が開いた。
「……すまなかったな、アクセラード」
「……!!!???」
俺は我が耳を疑った。
あんなに高圧的だった父ちゃんから信じられない言葉がでてる。
オレだって信じられないけど、多分ずっと長いことあんな態度でしか接して貰えなかったんだろうアクセル様は目を白黒させて、ただただ父ちゃんの顔を見たり美人母ちゃんの顔を見たりしていた。
冗談を言っているようにも見えないし、まさか謝ってくれるなんてつゆほども思ってなかったんだろうなって察せられて、なんか胸が痛い。
「アクセラードがこんなに強力な魔法を操れるようになっているとは」
「アクセルは家では魔法を見せてくれないものね。わたくしもアクセルの魔法をこの目で見ることができて嬉しいわ。わたくしなんて足下にも及ばないくらい、この子は素晴らしい魔法使いになっていたのね」
「素晴らしい成績であることは魔法学校からの報告で理解はしていたつもりだが、この目で見て確信した。お前の実力は当代トップの魔術師と比較してもなんら遜色ない」
そんな風に褒められていることが信じられない。
そんな様子のアクセル様に言い聞かせるように、父ちゃんも美人母ちゃんも、言葉を選びながら話しているみたいだった。
クソ兄貴と同様、剣術だけしか認めない、ただ怖いだけのクソみたいな父ちゃんだと思っていたけれど、今の実力をちゃんと認めるだけの柔軟さはあったんだと分かってホッとする。
バカみたいにアクセル様を鍛えたのも、アクセル様の身体の弱さを克服させたいという気持ちが根底にあったというなら、分からんでもない。
でもあのクソ兄貴の態度を見ても、それ以上に『騎士の家系として』なんていう、体面だか矜持だか分からん凝り固まった思想を振りかざして特訓してきたんだというのは確実だ。
そう思うと、親心だとしてももっとやりようがあっただろうと思ってしまう。
ずっとそんな中で頑張ってきたアクセル様だからこそ、長年の努力を、そして今の実力を、認めて貰えて良かった。
なんか胸が熱くて、めちゃめちゃこみ上げてくるものがあるんだけど、アクセル様が泣いてないのにオレみたいなポッと出の、たった数日を共にしただけのオレが泣いてるのも変だから、こぼれ落ちそうになる涙を必死でこらえる。
ぐすっ、ぐすっと鼻をすすっていたら、いつの間に横に来たのか、美人母ちゃんがそっとハンカチを貸してくれた。女神か。
「ありがとうございます」
「いいえ。ありがとう、あなたはアクセルの事をとても大切に思ってくれているのね。嬉しいわ」
そう言って微笑んでくれた美人母ちゃんは、今度はずっと俯いたままのクソ兄貴にそっと近づいていく。
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