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第36話 考え直して欲しいことがあるの
「……ロイヤン」
ぴく、とクソ兄貴の肩が揺れた。
アクセル様に完全に負けたのがよっぽどショックだったのか、クソ兄貴は青い顔のまま、呼びかけにも応えない。
せっかく美人母ちゃんが優しく話しかけてくれてるのに、こんなポンコツはぶっ飛ばしてカツを入れて遣った方がいいと思う。
でも、美人母ちゃんはどこまでも優しかった。
「ロイヤン、あなたも魔法が実践において何の役にも立たないなんてものではないと分かったでしょう?」
そう問いかけられて、クソ兄貴は悔しそうな顔のまま、コクリと小さく頷いた。
「あなたにも……お父様にも、これを機に考え直して欲しいことがあるの」
その言葉に、クソ兄貴は驚いたように顔を上げた。
そんなクソ兄貴と目を合わせてひとつ頷いた美人母ちゃんは、そのまま父ちゃんにも目線を送る。父ちゃんは明らかに気まずそうな顔をしてて、まるでこのあと何を言われるのか分かってるみたいだった。
「今日のアクセルを見て、魔法と剣術を組み合わせることの有用性が分かったでしょう? 騎士の中でも魔法の素質がある子もいくらでもいる筈よ。その子たちの可能性を潰さないであげて欲しいの」
「……!!?」
父ちゃんとクソ兄貴は苦虫をかみつぶしたような顔になって、アクセル様は驚愕の表情を浮かべてた。
「あなたたちは、魔法なんて鍛えても実戦ではなんの役もたたない、って騎士になった子の魔法は封じてしまうでしょう? けれど、分かったでしょう? 魔法も使えればこんな風にもっと強い力を発揮できるわ」
「……」
しばらく、誰も口を開かなかった。
アクセル様だけじゃなく、これまで騎士を志した人はその時点で魔法を封じられていたのかと思うと、人ごとながら悔しい。
だって、身体強化を使えるだけでもずっとずっといい動きができるだろうに。
魔法も剣を振るうための身体能力も、ひとしくその人の能力だとオレは思う。その全てを活かせないのはきっと歯がゆい思いだろう。
魔力は豊富にあるのに使えないオレだって、状況は全然ちがうものの同じように歯がゆい思いをしてる。
見も知らぬ騎士たちの状況が、もっと良くなればいいのにと密かに思った。
「……分かった」
「父上!?」
苦い声で了承の意を示した父ちゃんに、クソ兄貴が驚いたような、非難するような声を上げる。それを、父ちゃんは目を向けて黙らせた。
「これまで散々騎士の矜持だと説いておいて意見を変えるのは納得がいかないだろうが、これだけ明確な実例を見せられて、それでも反論するすべを私は持たない。さすがに私たちも考えを改めるべきだろう」
しょげた顔のクソ兄貴の肩をなぐさめるようにぽんぽんと叩きながら、父ちゃんはアクセル様にぎこちない笑みを見せる。
「アクセラード、これまで悪かった。お前なら冒険者としても一流になれるだろう。……命だけは落とすなよ」
「父上……」
心配そうに紡がれた言葉に、さすがのアクセル様も感じ入った表情だ。
オレも正直感動した。
まさか冒険者になることを全否定していたあの父ちゃんが、まさかこんな風に言ってくれるなんて。アクセル様はきっと、すごくすごく嬉しいに違いない。
「良かったわね、アクセル」
「はい。……ありがとうございます!」
「家名を捨てるなんて悲しい事を二度と口にしないでくれ。いつでも帰ってきなさい。……イール君も一緒にな」
「は、はい!」
急にオレの名前が出てびっくりした。
「アクセルの事をよろしく頼む」
そう言われて、オレはもう「はははははい!」と思いっきり噛んだ。そんなオレを見て美人母ちゃんは優しい笑顔を浮かべながらこんなことを言ってくれる。
「疲れているのに、今日はわたくし達家族の事情に巻き込んでしまってごめんなさいね。部屋を用意させるわ、今日は泊まっていってくださるかしら」
「え、あの」
「ありがとう母上。俺もそのつもりだった」
え、あ、そうなの?
「というか俺の部屋で一緒に寝ればいいかと思っていたが、そういえば客間があるんだった」
相変わらずどっか抜けてるアクセル様の言葉に、なんだか緊張も一気にどっかに飛んでった。
せっかくお誘いいただいたんだ、伯爵家で宿泊できるだなんて二度と無いだろうから、ありがたくお世話になろう。
「ありがとうございます。お世話になります」
「ええ。お風呂も準備させるわ。ゆっくりしていってちょうだいね」
「はい!」
「イール、行こう。部屋の準備ができるまで、俺の部屋でゆっくりすればいい」
「リョーカイ!」
アクセル様に連れられて食堂を出ようとした時だ。
「……アクセラード」
小さな、ともすると聞き逃してしまいそうな声がアクセル様を呼んだ。
アクセル様も気がついたのか振り返り、驚いたように目を見開く。
声の主は、クソ兄貴だった。
「俺の負けだ。……すまなかった、実際に見もせずに魔法を嫌悪したのは狭量だった」
「……兄上」
アクセル様は放心したようにクソ兄貴を見ている。
気持ちは分かる。オレだって、まさかクソ兄貴があんなこと言うなんて逆立ちしたって思いつかない。
すっかり心折れた様子なのにそれでも負けを認めて詫びを入れるのは、やっぱりアクセル様の兄ちゃんなんだな、と思わせる。
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