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第37話 現状はそれで充分だ
ただただ嫌なヤツだったくせに、ちょっとだけ見直してしまったのが悔しい。
アクセル様は性格がいいから、若干嬉しそうな顔をしてクソ兄貴にも丁寧に礼を言ってその場を後にする。
今まで散々いじわるされてただろうに、なんですぐに許しちゃうかなぁとは思うものの、それがアクセル様のような気もする。ここまで強いと些末なこととかどうでも良くなって、感覚がバグるのかもしれないし。
すっかり晴れ晴れとした表情になったアクセル様と部屋に入ったら、開口一番お礼を言われた。
「ありがとうイール、君のおかげで父や兄とのわだかまりが軽くなった気がする」
「そりゃ良かった」
「これで気持ち良く冒険者になれる」
本当に嬉しそうなアクセル様を見ていると、オレまでなんか幸せな気持ちになってきた。
「ホント良かった。アクセル様、これまで剣も魔法も人の二倍も三倍も頑張ってきた甲斐があったよね。お父さんもお兄さんもあんなすごい魔法と剣技見たら、認めざるを得ないと思う」
「そうだろうか」
「そうだろうかって、あんなエグい魔法展開しといて。あんなん展開されたらどう考えたって終わりでしょ」
「だが、あれを避けられたらもう魔力が残っていなかったから俺の負けだ。今も普通の顔をして立っているので精一杯だから……俺は言われるほど強くない」
そう言われてびっくりした。
こんな平気な顔して、そんなヤバかったの!?
「そういう事は早く言って!」
そう言ってアクセル様の手を握ったら、確かに氷みたいに冷たくて、オレは泣きたくなった。
「あとは寝るだけだから」
「それでも! アクセル様はあんまり顔にも態度にもでないみたいだから、絶対に言ってください。魔力くらいいくらでも分けてあげられるんだから!」
頼ってくれないのが悲しくて、冷たい手を両手で握って魔力を送る。
「あったかくて気持ちいい」
アクセル様は幸せそうに微笑んだ。
「幸せだな……イールに出会ってから、嬉しくて幸せなことばかりだ」
そんなの、オレの方がそうだ。何の役にも立てないって思ってたのに、アクセル様のおかげでシーサーペントを倒す手助けもできたし、学校も無事に好成績で卒業できそうだし、こんなにすごい豪邸で美味い飯も食ったし、これからふっかふかの布団で眠れるんだろう。
マジで感謝しかない。
「酒も飲んでないのに、酔ったように気分がいい。イール、ありがとう」
なんでだか、急にアクセル様に抱きしめられた。
「うわ、どうした?」
「急にすごく愛しくなった」
「!!???」
あわわわわ……!!!
い、愛しくなった、ってナニ!?
見上げたら、トロンとした本当に愛しそうな目でオレを見下ろしてくるアクセル様がいた。
な、なんで急に!?
しかもめちゃくちゃ色っぽいんですけど!?
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、至近距離で凜々しいのになんとも艶めかしい雰囲気を醸し出しているお顔を見上げて、ふと気がついた。
この雰囲気、見たことある!!!
「アクセル様、魔力の過剰摂取です! ごめんなさい、魔力を送りすぎたかも!」
「ああ、多分そうだな。ぽかぽかくらくら気持ち良くて、最高にいい気分だ」
「魔力酔いです!!! 早くオレに余剰分を送り返して!」
「このままでいい。気持ち良くて、大好きなイールが腕の中にいるのに、なぜこの幸せを手放さないといけないんだ?」
「お、オレの同意がないからです! アクセル様、正気に戻って!」
魔力酔いがこんなにタチが悪いとは。
あんなに真面目な人が、魔力に酔ってこんな事を言ったりしたりしたと正気に戻った時に思い出したら、きっと後悔する。
そう思うから必死でアクセル様を止めようとするのに、アクセル様はさらにぎゅうぎゅう抱きしめてくる。
「せっかくいい夢を見ているのに……イールが全部もたらしてくれたものだ。父や兄に認められて、冒険者になることを許して貰えて……目覚めたら全部消えてしまうかも。離したくない」
「っ……ふざけんなッ」
「痛っ」
思いっきり足を踏んでやったらさすがに腕の力が緩んだから、ジャンプして形のいい顎に頭突きをかましてやった。
「いってぇ~~~!!!」
「ぐはっ」
自分にもかなりダメージが入る手段だったが仕方がない。
「目ぇ覚めたか!」
「っ………………覚めた………………」
「ごめんなさいは!」
「ご、ごめんなさい……」
気がついたら孤児院でちびっ子達を躾ける時みたいに叱ってた。
しまった、と思ったけどアクセル様だって相当やらかしてるんだからまぁいいだろう。オレはふんす、と鼻息あらくアクセル様に詰め寄った。
「夢じゃないから」
「は、はい……すみません」
「とりあえず余剰分の魔力、返して」
「はい……」
めちゃくちゃションボリしてる。ちょっと可哀相で可愛く見えてきた。
「落ち着いた?」
アクセル様はこく、と頷く。
「申し訳なかった」
「そんな顔しなくても大丈夫。別にそこまで怒ってるわけじゃないし。でも、アクセル様がお兄さんに勝ったのも、冒険者になっていいって言われたことも現実だからね」
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