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第38話 大丈夫だから

【本文】 「夢なんかじゃないからね? アクセル様が実力で勝ち取ったんだから、夢だとか言うのはやめて」 「分かった。っていうか、その、急に抱きついたりして、悪かった……」 「そっちは別に」 「そっちは別に? いいのか? その、気持ち悪かったりは」 「しない」 アクセル様は目をまん丸にするけど、本当だ。 アクセル様が勝ち取った自分の成果を夢だと思ったり、夢だからって抱きしめられるのはなんか違うと思うけど、アクセル様の腕の中はあったかくてドキドキして、別に嫌じゃなかった。 「さっきオレのこと『大好き』って言ってくれたけど、それが嘘じゃないなら、別にいい」 「嘘じゃない!!」 「なら、別にいいよ。いくらでもどうぞ。孤児院じゃガキ共が飛びかかってくるのなんて日常茶飯事だったし」 笑って、あえて何でもない風に言ってみたら、アクセル様は面白いくらいに憮然とした表情になった。 「そういうのとは違う」 うん、なんかそういう気はしたけどさ。 でもだって。 「出会ってまだ二、三日しか経っていないし、俺も誰かにこんな気持ちを持つのは初めてだからうまく言えないが、イールといると胸が沸き立つような幸せな気持ちになるし、笑って欲しいし抱きしめたくなる。これは多分、恋情と言われるものだと思う」 「……っ」 さすがにオレは真っ赤になった。 うまく言えないとか言いつつ、なんでこんなに言葉を重ねてくるんだよ……!!! 「ずっと一緒にいたいし、他のヤツに持って行かれるのは我慢ならないから、イールが俺と一緒に冒険者になってくれると分かってとても嬉しい」 「待って待って、もういい! 分かった!」 「いや、これははっきりさせておかないと。嫌ならちゃんと今日みたいに拒否して欲しい。できるだけそうならないように努力するが、なんせ俺はイールのことが好きだから、酩酊していると理性がだいぶヤバくなるのはさっき分かったし」 「大丈夫! 大丈夫だから!」 分かったって言ってるのに、なんでだかアクセル様は一生懸命に言葉を重ねてくる。しかもさらっと『好き』とかいうワードを混ぜてくるのがずるい。 こんなこと言われたのなんてもちろん初めてで、オレはもうとにかく恥ずかしくていたたまれない気持ちになった。 「よく考えたらこれから一緒に旅をするわけだから、イールの身の安全のためにも言っておくべきだと思った」 なんでこんなに言い募ってくるのかと思ったら、そういうことか。生真面目な性格がこんなところにまで影響してくるとは。 さすがに同意もなくぎゅうぎゅうに抱きしめたことを反省してるんだろうけど、そこまで反省して欲しいわけでもなかった俺はちょっと焦った。 「あの、さっきのも別に嫌ってわけじゃなかったから……!」 「嫌じゃないのか?」 「オレもアクセル様のこと結構好きだし、そのっ」 「本当に?」 そう聞き返されてハッとした。 「あ、えと」 「気持ち悪くないのか?」 「気持ち悪くはないし、さっきもドキドキしたし……でも、オレも初めての感情過ぎて、これがその、そういう好きかどうか分からないっていうか、あわわ、ナニ言ってんだオレ」 アクセル様があんまり正直に言ってくるもんだから、つられたっていうか、なんて言うか。 気がついたらオレも自分の気持ちをめちゃくちゃ素直に口にしていた。 「充分だ」 パアアアア……! と輝くみたいな笑顔で、アクセル様が笑う。こんな笑顔は出会ってから初めて見た。 「現状はそれで充分だ。ありがとう! イール」 あんまり嬉しそうに笑ってくれるから、なんだかオレもそれでいい気がしてきた。 そうだよな、深追いしたってなんかもっと恥ずかしい展開になりそうな気がするし、アクセル様がこれでいいって言うんなら、きっとこれでいいんだろう。 その日は結局、すっかりご機嫌になったアクセル様においしい紅茶を淹れて貰って、楽しくおしゃべりして、オレ史上最高にふっかふっかのお布団で夢も見ずに気持ち良く眠って終わったのだった。 *** 「おっ、魔法騎士様が来たぞ! シーサーペントを倒したってよ」 「すげぇ、マジかよ」 「おれはBランク五体倒したって聞いたぜ」 「その上さらにシーサーペントも倒したんだよ」 「あのイールも守りながらか? もう人間じゃねぇな」 翌日、登校して魔術学校の門をくぐるなり、こっちをチラチラ見ながらひそひそと離す声が聞こえてくる。 もう噂になってるんだな、とちょっとびっくりした。 昨日は校長室に直行したし、生徒とは話さなかったのに、こういう噂ってやっぱり伝達が早いんだな、とちょっと感心する。 「来た来た! イール!」 明るい声に振り返ると、ルタムが走ってこちらにやってきた。相変わらず落ちこぼれのオレにも明るく声をかけてくれる、優しいヤツだ。 「聞いたよ! すごいじゃないか! Bランク五体にシーサーペントだって!? お前、マジかよ! 卒業確定じゃん!」 ルタムは興奮して、オレの肩をバンバン叩く。痛いけど、その祝福が嬉しかった。 ひとしきりオレを褒めたルタムが、ふと真顔になって上を見て、ちょっとびっくりした顔をしてからオレにそっと囁く。

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