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第6話 甘えたい人、甘やかしたい人

「…やっと終わった……」 日比野は机に突っ伏すようにして、深いため息をはいた。その様子に、高村はくすっと笑う。 「おつかれ。俺も、今ちょうど終わった」 「……もしかして、待ってた?」 「違うよ。ほんとに今終わっただけ」 「そっか……ありがと」 照れ隠しのように笑う日比野。その顔を眺めながら、高村はふと口を開いた。 「…日比野ってさ。甘えたい人、なんでしょ?」 不意打ちの言葉に、心臓が跳ねる。 さっき、自分でも無意識に「甘えたくなる」なんて言葉を口にしたばかりだ。 「えっ……あ、その……」 慌てて否定しようとした瞬間、高村がやわらかく遮る。 「いいよ、無理に隠さなくても。馬鹿にしてるわけじゃない。俺、そういうの好きだから」 「……好き、って」 日比野は顔を赤らめて俯く。 しばしの沈黙のあと、小さく搾り出すように声を出した。 「……疲れてるからかな。誰かに…ちょっと、甘えたいとか……癒されたい、とか。…そんなのは、あるかも」 「……可愛いよね、そういうの」 軽口なのか本気なのか分からない。けれど真正面から「可愛い」と言われ、日比野は赤くなる。 「か、かわっ…!? 何言ってんだよ、もう…!」 確か前にも言われたのに、その時みたいに怒ることができなくて、動揺を隠すように慌ててデスクを片付け始めた。その姿が、かえって高村には可愛らしく映った。 ――そして。 「……日比野」 帰り支度を終えたところで呼び止められる。 「ん? なに?」 高村は一拍置いてから、真っ直ぐな笑みを向けてきた。 「さっきの話。…俺に甘えてみない?」 「…………は?」 ぽかんと固まった日比野に、高村は少しだけ笑って続ける。 「日比野が誰かに甘えたいのと同じで、俺は――甘やかしたい、なんだよね」 「………………」 言葉を失って見つめ返す日比野。 顔に熱がこみあげて、耳まで赤くなるのを自覚する。 動揺を隠せずにいる日比野を見て、高村は目を細めた。 「甘えたい日比野と、甘やかしたい俺。需要と供給、合ってると思わない?」 頭が真っ白になった日比野は、慌てて両手を振った。 「ちょ、ちょっと待って! いきなり…」 話を一旦遮る日比野。 「…なに言ってんだよ。俺もお前も男だし…甘えるとか……」 日比野が言い淀むと、高村は口元に手を当て、少し考えるように首を傾げた。 「女性じゃないと無理そう? 甘えたい相手」 「……わからない。考えたこともなかったから…」 「俺もそうなんだけどさ」 高村は穏やかに笑う。 「でもさっきの話とか…この前、電車で寝ちゃった時とか。あの時からなんとなくピンときてたんだ」 高村は日比野を真っ直ぐに見つめる。 「――日比野と俺、合いそうな気がする。…試してみない?」 その言葉に、日比野の脳裏にもあの夜が浮かんだ。 酔って眠くて、肩を借りた時の、不思議な安心感と心地よさ。 胸の奥がざわつき、視線が落ち着かずに泳ぐ。 高村は机の上の時計をちらりと見て、柔らかい声で続けた。 「…今日はもう遅いからさ。明日とか明後日とか、空いてる日ある?」 「……空いてる、けど…」 恋人もいない、週末は大抵ひとりで過ごす。言いながら自分でも心臓が跳ねているのがわかった。 「じゃあ、明日会おうよ」 迷いのない声につられて、思わず返事をしてしまう。 「え……あ、……うん」 「メッセージに住所送っておくよ。じゃ、また明日」 軽く手を振って歩き出す高村。 残された日比野は、まるで嵐が通り過ぎたあとのように、その場に呆然と立ち尽くしていた。 胸の奥で熱が広がり、落ち着かない。 (……明日、ほんとに会うのか、俺……?)

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